村田諒太オフィシャル「SUPPORTER’S CLUB」
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コラム

改善主義:恩師の墓前の涙雨=村田諒太

 先日の試合では無事に勝利することができました。皆様に応援いただいたおかげと、心より感謝いたします。
 今回の試合はボクシング人生を懸けていたので、喜びもひとしおです。プロで、ここまで納得のいく練習と試合ができたことは初めてです。今までは良い勝ち方をしてもどこか納得のいかないところもありましたが、今回だけは調整段階から全てにおいて、自分に打ち勝てたと思います。
 だからこそ、今後を決めるにあたって、自分自身に問いかける必要があると思っています。
 今回のような気持ちや身体を作り上げ、さらに上を目指す勇気があるのか、感動してもらえるような人間でいられるかどうか。そうでなければ、晩節を汚すキャリアは歩むべきではないと思っているので、しっかりと考えて、自分に問いかけようと思います。
 まずは、ゆっくり家族と向き合い、心を落ち着かせてから今後のことを考えようと思います。
 話は少し変わりますが、最近、スピリチュアルなものを信じるようになっています。そもそも、ロジックだとか、エビデンスというものは、成立させるための壁が高く、成立しないものは疑わしきものと言われますが、そんな条件を満たせるものなんて少ないのではないでしょうか。
 もちろん、こういったことをうまく利用して詐欺をする人間もいますが、霊的なものや、神秘的な不思議体験は、起こりえると思っています。
 試合の後、南京都高時代の恩師、ボクシング部監督の武元前川先生のお墓参りに行ったのですが、雨が弱まったタイミングでみんなでお参りすると、墓前に立った瞬間に大雨が降りました。ボクシング部の顧問だった西井一先生が「武元先生は涙もろいから、喜んでくれているんやわ」と言ってくださり、そこにいた全員が不思議な気持ちになりました。
 こんなことって、たまたま、とか、「ものの捉え方」とも考えられますが、そうではなく、仮に捉え方だとしても、人と人の心はつながっている、そう捉え、人間として、武元先生の教え子として、恥じないように生きていこうと改めて思いました。
 武元先生、ありがとうございます。
毎日新聞「改善主義」2019年07月24日 掲載

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改善主義:次の試合、全てを懸ける=村田諒太

日に日に試合が近づいています。調整は順調です。次のコラムを書くのは試合後となるわけですが、果たしてどのような結果が待っているか楽しみです。

 2世紀のローマ帝国皇帝、マルクス・アウレリウスの「自省録」に、「耐えられない困難はない」と書いてありました。「耐えられなければ君は消滅しているのだから、生きているということは耐えられるということ」なんて、他人に言うのではなく、あくまで「自省」として、心に留めておこうと思います。

 これは個人的な意見ですが、人間はあくまで主観で生きているため、試合やイベントなど第三者的に見たら大きな出来事も、どのような小さな出来事も、実質的に大きさは変わらないのです。

 自分自身も、インターハイの1回戦、ロンドン五輪、プロ転向後のラスベガスでの試合と、いずれも同様に緊張していたと思います。だから、今回も緊張しながらリングに上がることでしょう。

 自分が成し遂げたと思い込んでいる栄光を、人々が忘れていくスピードの速さ、栄光のむなしさは、何度か経験して、ようやく、すがりつくほどのものではないと思うことができています。人によっては、未来永劫(えいごう)語り継がれたいと願う人もいますが、それは土台無理な話でしょう。これも自省録に書いてあることです。自分が、ここまで影響を受けていることに驚きます。

 もし、なにかを本当に形として残したいと思うなら、このような人のためになる書物を残すことが良いかもしれません。自省録のように、2000年読み継がれるかもしれませんからね。

 子供たちが生まれてきてくれて、これまでの時間は本当にあっという間でした。人生のはかなさは少しずつ、かつ確実に分かりつつあります。だからこそ、一瞬で過ぎてしまうであろう人生を、自分のため、他人のために生ききろう。そう思うきょうこのごろです。

 次の試合、今までの全てを懸けて臨みます。

毎日新聞「改善主義」2019年06月27日 掲載

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改善主義:ボクシング 楽しい経験、人生変える=村田諒太

 試合に向けてスパーリングを重ねています。

 今の段階で「良い調子です」と言っても、試合当日に調子が良くないと意味がないので、一層精進しなければと思っていますが、人間の精神は調子に左右されるものです。自分は「高貴な精神で強く保つ」などという境地からはかけ離れており、自分の精神の弱さを、調子が良い時ですら感じているきょうこのごろです。

 話は変わりまして、ここ最近、息子が野球教室に「体験」ということで行っています。

 親としては野球をしてほしいのですが、無理やりやらせることは避けたいので、本人の意思に任せていましたが、先日、とうとう行きたくないとグズり始めてしまいました。
 「今日一日やってみて、楽しくなかったらもう行かなくていいから。12時には帰ろう」と説得して、息子は渋々行くことになりましたが、12時を迎えるころ、コーチがやって来て、息子と同い年の子供と2人で特訓が始まりました。

 息子の表情が先ほどまでとは打って変わって、2時間ほど特訓を続けました。そして、帰るころには、正式に入団したいと息子から言ってきました。子供の感情の移ろいやすさとはこういったもので、何かそこに楽しいもの、楽しい経験が生まれるだけで、コロッと変わるものです。

 子供だけではなくて、大人もそうなのかもしれません。行きたくない、やりたくない、そんなふうに思ってもやってみる。そこで楽しい経験、刺激的なことがあると、思いがけない人生の変革に出会えるかもしれません。

 その後、息子の気持ちが冷めぬようにと「よし、やるか。バットを買いに行こうか。でも、バットを買ったのに、やっぱりやめたっていうのはナシだよ」と。バットを購入するという既成事実を作って息子との約束をとりつけました。子供の単純さと大人のズルさを感じる出来事になりました。

毎日新聞「改善主義」2019年05月29日 掲載

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善主義:ボクシング 令和でも一歩踏み出す=村田諒太

 平成が終わりますね。昭和61年生まれとしては2度目の元号変更になるわけですが、時の流れと言いましょうか、自分がどんどんオッサンになっていく実感がすごいです。
 昭和に生まれて平成で育ってきた私が、平成の思い出を表現しようとしても、ここまで生きてきた全ての出来事が思い出であり、どれかをピックアップすることはできません。ただ言えることは、人生はあっという間だなということです。
 そんなオッサンになったせいか、最近、悩みごとを相談される機会が増えてきた気がします。正直、そんな役割は僕にはできないと思っているのですが、「こういう時は、どう考えるべきでしょうか」などと、よく相談されます。
 先日は若い子に「試験が迫っていて、恐怖にうち勝つにはどうすればいいですか」と聞かれました。
 一生懸命やってきたなら、それで十分。結果は分からないから、結果が出てから考えれば良いんじゃないか。今、結果を予測して不安になっても、今の自分と、結果として、ある状況に置かれた自分は多分違うはず。だから、起きるか起きないか分からないことへの不安に振り回されないで、今できることを考え、やれることをやろう。
 こんな感じでアドバイスをすると、たいがい、自分に返ってきます。「自分は、起きるか起きないか分からないことへの不安に悩んでいないか」と。
 一歩踏み出せない状況で悩んでいる人を見ると、「俺もボクサーであるという枠から外れることを恐れて生きていないか」などと、鏡に映るように、自分の弱さが見えてきます。
 いつの間にかベテランと言われる年齢になり、自分の至らなさが分かるからこそ、もっと、りんとしていなければと思います。人として強くあろう、逃げずに踏み出そう。「令和」の子供たちにも伝わるような人生を歩もう。そう思う今日このごろです。

毎日新聞「改善主義」2019年04月24日 掲載

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改善主義:ボクシング「自分なりの挑戦」心に=村田諒太

 現在、走り込みキャンプの真っただ中です。
 ところで、米大リーグ・マリナーズのイチローさんが21日に現役引退を表明し、日本中が今、イチローさんの話題で持ち切りです。45歳での引退を予期したかのように、20、21日のアスレチックスとの開幕2連戦は、会場の東京ドームにファンが詰めかけました。私は、イチローさんがアスリートとしてただただ突き抜けた存在であることを痛感するばかりでした。
 1995年の阪神大震災からの復興の合言葉、「がんばろうKOBE」をスローガンにプロ野球・オリックスで活躍する姿を小学生の時に見て、初めて「サインが欲しい」と思った人でした。今に至るまでずっと私にとってスターでした。イチローさんが言葉を大切にする姿、その言葉が持つ重みを、勝手に感じ取って、勝手に想像していました。
 引退記者会見で、「夢をかなえて成功し、今何を得たと思うのか」との質問に対して、イチローさんが語った言葉に胸を打たれました。少し長くなるのですが、引用します。
 「新しい世界に挑戦するのは大変な勇気だと思うんですけど、あえて『成功』と表現すると、成功をすると思うからやってみたい、それができないと思うから行かないという判断基準では、後悔を生むだろうなと思います。できると思うから挑戦するのではなくて、やりたいと思えば挑戦すればいい。その時にどんな結果が出ようとも後悔はないと思うんです。じゃあ、自分なりの成功を勝ち取った時に、達成感があるのかといったら、それも僕には疑問なので、基本的にはやりたいと思ったことに向かっていきたい」
 私は自分なりの挑戦をしてきたかどうか。イチローさんの言葉を心に刻んでおきたいです。成功なんて他人の評価でしかなく、自分の中では永遠に思えないことかもしれません。成功を求めるのはやめよう、うそ偽りなく生き抜こう。そう思いました。

毎日新聞「改善主義」2019年03月27日 掲載

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改善主義:ボクシング 自分に合った食事=村田諒太

 先日、血液検査を行いまして、自分にはどんな栄養素が足りていないかといったことを調べてもらいました。結果としては、ヨードをもう少し取ってくださいということで、のりを食べるよう勧められました。

 実は一昨年末、お尻関係のトラブルが起きてからというもの、大腸に負担をかけないために肉をできるだけ避ける傾向にあります。魚を食べることで良い脂質を身体に取り込めますし、たんぱく質の補給もできます。のりを勧めていただいたことで、これは欧米型の食事に対する修正の必要性を指摘されているようなものだと思いました。

 海から得られる恩恵は果てしなく、少なくとも“the日本人体質”の私には、この食事スタイルが合っているようです。やはり地域に根付いた文化というのは、意味があるのでしょう。

 もちろん、胃腸の強い弱いは影響してくると思います。村田家では、息子は魚派ですが、娘はからあげなどが好きです。そして娘は胃腸炎などにかかったことは一度もなく、息子は昨年を除いて毎年かかっていました。きょうだいでも、個々にこれだけ違うのです。

 何が言いたいのかと言いますと、「一度、食習慣を見直しませんか」ということです。例えば、今の食事は無理をしていないか、本当に身体に合っているのか。子供が食べなくて困っていると言うが、実は子供にとって苦痛となるような食事内容になっているのではないか――などなど。

 身体は食べた物、飲んだ物でできています。その身体も個々に違うのだから、当たり前の習慣だからといって見過ごさずに、自分に合った食事をとりましょう。そして、合っているのかいないのか、栄養が足りているのか足りないのか、分からなかったら検査してもらうのも良いと思います。

 病気になる前に防ぐ、東洋医学の「未病」という考え方も含めて、食事を見直してみませんか。

毎日新聞「改善主義」2019年02月27日 掲載

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改善主義:ボクシング 人思う気持ち、育てて=村田諒太

 「2019年か……」。なんて思ってもう1カ月が過ぎますね。この1カ月で何が成長したのか、全く実感がありません。曖昧な日々を過ごしていいものかと、危機感を抱いているきょうこのごろです。

 1月や4月は、そういう危機感を募らせるには良いチャンスかもしれません。年や年度の初めですから、このチャンスを逃がすとまた堂々巡りの、ルーティンを消化する日々を過ごしてしまいそうで、必死にならねばと、自分に言い聞かせています。

 話は変わりまして、先日、息子がインフルエンザになり、家族で大相撲を見に行く予定が娘とのデートに切り替わりました。このインフルエンザは「悪いタイミング」でやって来るような予感がしていました。

 と言いますのも、息子は結構こういうタイミングで風邪をひいたりした経験があり、僕としては、物事のタイミングが悪い大人にならないか心配しております。生きていく中で実力は必要ですが、それ以上に運も必要な気がしています。心配してもしょうがないのですが、息子が少し心配です。

 先日読んだロシアの文豪、トルストイの本に面白いことが書いてありました。人が持っているもの、人が持っていないもの、三つが分かると言われて神様から地上に向かわされた天使の話ですが、その三つとは、人の心には愛がある、人は愛によって行動している、そして人は自分がいつ死ぬかを知ることができない、というものでした。愛によって行動できない人間は利己的になり、この先どこまで続くか分からないのに、金や見た目に執着し、愛を顧みることはない――。

 さて、こんな物語を読んでいると、息子に対しても新たな思いが生まれてきます。

 「タイミングが悪くたって、いいよ。肝心なのは人をおもう気持ちだ。それを育ててくれ」。そして、「そんなものは一朝一夕で達成できるものじゃないさ。焦らずいこう、まだ1月さ」。

毎日新聞「改善主義」2019年01月29日 掲載

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改善主義:ボクシング 王座陥落後のこと=村田諒太

お久しぶりです!

 米国・ラスベガスでの世界戦、負けてしまい申し訳ありませんでした。試合後は引退しようと思いましたが、人生を振り返ったときに、あの試合が最後では情けないと思い、続けることにしました。言い訳はしたくないので、前進あるのみ、結果で見返してみせます。

 先日、東洋大の同期生でプロ野球・ロッテで活躍する清田育宏選手と食事をしたのですが、32歳でスポーツを続けていられることが既に感謝すべきことだと話しました。また、セカンドキャリアについても語り合いました。社会人を経験している我々は、金銭感覚などはかなりまともかなと。しかし、刻一刻と迫る、引退の時に向けての準備はまだできていない現状があり、危機感を持っています。

 最近思うのですが、スポーツしか知らず、大して稼ぎもなく社会に放り出されるようでは、スポーツをやることはリスクでしかない。親も子供に、アスリートなんか目指さず勉強をしていなさい、と言うと思います。

 それではスポーツ界の発展はなく、既存のシステムを見直す必要があると思います。選手がその特性をいかして将来設計をできるよう、今一度、スポーツのあり方、競技をする上での教育を見直す時期がきているのではないでしょうか。

 少し話はそれますが、ボクシング界ですと、ジム制度というものがあります。日本のジムに所属しなければ国内で試合することができず、幼い頃に入ったジムが、将来にわたってボクサーを縛りつけることもできるシステムになっています。選手のためにそういった制度を見直さない限り、ボクシングは衰退していく一方だと思います。

 自分のセカンドキャリアを考えたとき、こういったことに一手を打てれば、やりがいもあると思います。まずはもう一度世界王者になり、その後は、選手のためになれるよう、戦っていきたいと思い、復帰をお知らせさせていただきます。

毎日新聞「改善主義」2018年12月26日 掲載

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改善主義:ボクシング 考えるな、感じろ=村田諒太

 2度目の防衛戦まであと1カ月を切りました。キャリアのおかげか、非常に落ち着いております。調子が良いということもあり、メンタルを助けてくれているのだと思います。

 練習ノートをつけなくなったのですが、つけている時はなぜか、うまくいきませんでした。理由を考えると、「考えすぎてしまうから」となりそうです。元世界王者の浜田剛史さんの言葉を借りるなら、「考える時に人間は動きを止める。考え事をしながら全力疾走はできない」ということだと思います。

 ボクシングのように、対人競技で動きが多く、速いものになれば余計に考えている暇などなく、考えた時点で一手遅れてしまいます。ですので、実戦中に考えすぎない、ネガティブなことは考えない、また、周りも言わない方がいいでしょう。

 競技に臨む者に対して注意すべきことがあれば、考えなくていいくらいの最低限のことを明確に言う、これが大切だと思います。若手のボクサーを見ていて、僕自身、たまにアドバイスをするのですが、考えさせたために動きがギクシャクしてしまったなと、反省することがあります。

 映画「燃えよドラゴン」に「Don’t think. Feel(考えるな、感じろ)」というブルース・リーの名言がありますが、その通りでしょう。スポーツに限らず、まず考えずに全力疾走してみる。そこから得た反省点を、考えるべきタイミングにおいて考え、練習する。そういう思い切り、勇気が必要だと思います。

 座禅を組むと、いろいろなことが頭をよぎります。それが一通り落ち着いてから、呼吸にのみ集中できるタイミングがやってきて、やはり人間は、普段から考えすぎているのではないかと思います。

 大切なものは、普段の努力さえあれば、既に備わっているはずです。僕もあと1カ月間、考えすぎずに、感じながら仕上げていこうと思います。試合を楽しみにしていてください。

毎日新聞「改善主義」2018年09月29日 掲載

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改善主義:ボクシング 「社会」子どもから学ぶ=村田諒太

相変わらず慌ただしく過ごしています。ただ、最近、どうやったら慌ただしさから抜け出せるかを見いだしました。無理やり休む時間を作ることです。自ら能動的に休みを作らない限りは「まず休めることはない」と痛感しています。キリスト教の聖職者が「忙しい時ほど教会に来てください」と言っていたことなどを思い出しています。

 休むには、実は勇気が必要です。働いている時は自分が社会から必要とされている気もします。無駄なことを考える暇もない。忙しさに身を任せ、自分自身に目を向けずにいられる点については楽だったりもします。

 ところで先日、私の長男(7)と同学年の先輩の息子を3日間、預かりました。僕には長女(4)もいるのですが、3人になった途端、そこに「社会」が生まれていました。面白いのは、3人の時には2人が仲良くして1人を邪魔者扱いにするなど、関係性がコロコロ変わる点でした。基本的に3人いると、誰かが自分の味方を作りたがる。子どもの時から人は常に仲良く過ごせるわけではない、というのが現実なのでしょうか。

 これを見ていると、人数が増えたら「みんな仲良く」は無理なのかなと思いました。グループ分けされ、そのグループ間で争いが生まれるのも簡単に想像できます。子どもの時点で既にこうした世界観があるのですから、「平和」なんてものは難しいのですかね。

 ここに子どもにはない欲や、「善悪の戦い」などという大前提が加わったら、収拾がつくわけもない。社会における「平和の理想」なんてかなうわけがない。子どもから教えられた気がしました。

 ただ、子どもはけんかをしても放っておけば、自らの力で解決もしてくれます。そして、また笑顔も取り戻してくれます。けんかをしても自ら解決できる力は、人が根本的に備えているのか。大人になって失われるのか。そんなことを考えさせられた「子だくさん週間」でした。

毎日新聞「改善主義」2018年08月30 掲載

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改善主義:ボクシング 挑戦する姿、人々魅了=村田諒太

 サッカー・ワールドカップ(W杯)が終わりました。日本中が注目する大会は五輪とサッカーW杯かと思いますが、羨ましくもありますね。

 「次回はベスト4だ」という声も聞こえますが、現在がチームとしての成熟期だとすれば、チームを作り直せば当然戦力は落ちます。そんな簡単なものではないのかなと想像しています。

 個人的な見解ですが、五輪やW杯と、その他の大会、試合との違いは、日本代表としての戦いかどうかというところです。

 ボクシングは、あくまで個人の戦いであり、その個人に興味が無ければテレビのチャンネルは合わせてもらえないわけです。現在のボクシングにおいて、W杯のように日本中を熱狂させることは難しいでしょう。「日本を代表して戦ってくれている」という気持ちになってもらえるかどうか。どんなスポーツも、人々の気持ちをそこに持っていくことができれば、人気に火が付くと思います。

 そうであれば、日本を背負って戦っている、というような試合ができないものか。世界6階級制覇のマニー・パッキャオ(フィリピン)のように、国を代表して戦っているというキャラクターになるには、どんな方法があるだろうか。そんなことを考えたりしますが、そのようなキャラクターは、意図して作り上げられるものではないのだと思います。

 パッキャオの場合は、自国を出て、海外で自分より大きな相手を次々と殴り倒していく姿に、人々が熱狂したことがきっかけでしょう。そう思うと、常に何かに向かって挑戦していく精神が、最低限必要な要素なのだと思います。

 私にとってそれは、不利だと言われる試合をこなしていくことになるのか……。道は険しそうです。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と言います。私はこれから虎穴に向かいます。ステータスを上げるには、常に勇気を示す必要がある。なかなか厳しい世界にいるものだなと、改めて感じる今日このごろです。

毎日新聞「改善主義」2018年07月25日 掲載

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改善主義:ボクシング スポーツは人生を映す=村田諒太

 先日まで次戦に向けてのキャンプでした。走り込みがメインですが、走るという単純な作業はさまざまなことを教えてくれます。

 長距離ですと、走り始めはどれぐらいのペースで走れば良いのか、余計な体力を使う走り方になっていないかなど。短距離なら、自分の足の回転が自分のイメージと誤差があるかどうか、力感はどれぐらいが良いかなど、いろいろなことを確認できます。

 そして、何より大切なのは、けがをしないように1週間しっかり走り切ること。まだ余力があるからといって1日で追い込み過ぎた結果、1週間のトータルとして走る量が減ってしまったりするなど、ボクシングだけでなく人生にも通じることを教えてくれます。

 話を変えまして、世間はサッカーのワールドカップ(W杯)一色ですね。大会前に「弱い」と言われた方が、活躍するものなのでしょうか。期待されているのにダメなこともままあるのは、プレッシャーからでしょうか。

 スポーツは、やってみて初めて分かることばかりで、本当に「結果論」だなとつくづく思うのです。コロンビアとの初戦で、日本が開始3分でレッドカードの反則によるPKを得るなんて、だれが予想するでしょうか。

 人生もそういうものなのでしょうか。無駄な予想はせずに、ただやってみる。そうして出た結果を、そういうものだとして受け入れる。そんなものかもしれません。

 しかし、一つ言えることは、チームに不満のある状態では活躍は望めないということです。トレーナーやマネジャーとの関係が悪いのに、良い試合をしているボクサーなど、見たことがありません。

 これだけは「結果論」ではなく、チーム一丸となれる状態が良い結果を招くということは、僕自身がよく見てきました。会社経営などにも当てはまるのかもしれません。

 スポーツは人生を映し出す――。そう思わせてくれる、トレーニングキャンプとW杯です。

毎日新聞「改善主義」2018年07月04日 掲載

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改善主義:ボクシング 勝負したい統一王者=村田諒太

今回はミドル級の統一王者、ゲンナジー・ゴロフキン(36)=カザフスタン=について書かせてもらいます。

 ゴロフキンは現在、世界ボクシング協会(WBA)のスーパー王座と、国際ボクシング連盟(IBF)と世界ボクシング評議会(WBC)のタイトルを持つ選手です。ここで「あれ、WBAは村田選手がチャンピオンでは」と疑問を持つ方もいるでしょう。少し「スーパー王座」について説明します。

 世界王者が複数団体のベルトを統一すると、各団体にランクされている選手は、挑戦のチャンスが減る可能性があります。団体による指名挑戦者との対戦期限に差が出たりして、その指示通りに試合を組むことが難しいケースがあるからです。

 そのため、WBAはゴロフキンのような王者をスーパー王座に格上げし、これとは別に王座決定戦などで正規王者を認定することで、選手が挑戦の機会を失わないようにしています。僕は現在、正規王者。ゴロフキンは、僕の上にいる王者と言っていいでしょう。

 では、彼の何がすごいのか。一つ目は世界王座を17試合連続KO勝ちで防衛した実績が示すパンチ力です。ちなみに日本選手のKOによる連続防衛記録は6です。二つ目は打たれても何事もなかったかのように前に出るタフさ。他にも挙げればキリがありません。

 一度、彼のキャンプに参加させてもらいました。めちゃくちゃ紳士で、人としてすごく尊敬できました。ボクシング界にはドーピング検査で陽性になっても「汚染された肉を食べたから」と、ふざけた言い訳で逃れる選手もいる。だが、この点も彼はクリーンで「男の中の男」です。だから、彼に勝つことができれば、自分自身を認めてやれると考え、「戦いたい」と思うようになりました。

 息子も小学生になり、人生があっという間に過ぎていく実感があります。怖がって逃げても、勝負しても、どうせ一瞬。それなら勝負してみよう。そう思える今日このごろです。

毎日新聞「改善主義」2018年05月23日 掲載

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改善主義:ボクシング 苦悩し自己と向き合う=村田諒太

15日の初防衛戦では多くの方々に応援していただき、誠にありがとうございました。結果は八回TKOという形で何とか終えることができました。皆様の応援のおかげと、心よりお礼申し上げます。

 最近、スポーツの世界では「楽しむ」ということがよく言われますが、私には到底無理だなと常々思っています。その度に「楽しめない自分はダメなのかな」などと考えていました。

 その中でナチスの強制収容所を舞台にした精神科医ビクトール・フランクルの「夜と霧」を読み返すと「まっとうに苦しむということは、それだけで、もう何かを成しえることだ」とありました。

 私の場合は、自分の弱い内面と向き合うことで、苦しむことに意味を見いだすことができました。競技を行う上で、楽しいだけなんてあり得ないと思う。苦しみ、悩み、その上で自分と向き合う。だからこそ「楽しめなくてもいいのだな」と改めて感じました。

 もし、私と同じように楽しめずに悩んでいる人がいるのなら「苦しくて良いのだ」「苦しいのが当たり前だ」と伝えてあげたい。苦しみを受け入れ、自分と向き合うことも最近ブームになっている立派な「自己受容」の精神だと思うからです。

 しかし、自分に都合の良い「このままでいいのだ」という自己受容は停滞を生みかねないと思う。むしろ生んでいると言っていい。自己受容は、あくまで成長に向けての第1段階で初めの一歩。そこから歩き始めるものだと考えています。

 自分を否定する必要はありません。しかし、人間は前に進み、成長し、何事かに貢献する必要があるとは考えています。苦しみの中で、自分の存在や性格、性質を知る。その上で「自分に何ができるのか」「どうすることがベストなのか」と探る。こんな試行錯誤をする勇気を併せ持った自己受容が必要だと考えます。

 初防衛戦の重圧はありました。ただ、苦しみは自己と向き合い、成長させてくれる大きな機会なのだと改めて感じました。

毎日新聞「改善主義」2018年04月25日

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改善主義:ボクシング 流されぬ強さあるか=村田諒太

エマヌエーレ・ブランダムラ選手(イタリア)との初防衛戦(4月15日、横浜アリーナ)まで、3週間を切りました。試合に向けて調整中ですが、このコラムを書いている15日現在、非常に良い感じで来ています。試合前でこのコラムを書くのは、これで何回目でしょうか。今まで自分がどんなことを書いてきたのか、改めて確認してみたくなりました。心の変化が見て取れるかもしれませんね。

 先日のスパーリング(実戦練習)で、所属ジムの本田明彦会長からアドバイスをいただきました。「動き回る相手に対して、自分もその動きに合わせて崩れてしまっている。そして、崩れた状態から打つからおかしくなる」という指導でした。

 そう言えば、南京都高時代の恩師、武元前川先生(故人)も、「距離を取る相手に対して追いかけるな」と指導してくれたことがありました。相手に合わせることで自分が崩れてはどうしようもない。自分の打てる体勢を崩さないでボクシングをする――。これって簡単に思えて難しいのですが、人生に通ずるなと思いました。相手を倒すことより、自分自身を整えること。その上で勝利を目指すことが必要になるのは社会においても一緒かなと。ついつい流されやすい自分を省みています。

 最近、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで意見を言う機会が増えました。自分が疑問に思うことに対しては「これはおかしいだろう」という物差しで発信しています。ここで思い返すのはナチス強制収容所を舞台にしたビクトール・フランクルの「夜と霧」の内容です。人の行為を否定する前に自分がその立場になって、それでもそうしないと思えるかどうかというようなことが書いてありました。

 ボクシング界を巡る昨今のドーピング問題や計量での体重超過に対して、僕は強く否定の言葉を発しています。ただ、自分が試合の当事者になれば、自信を持ってそう言えるのでしょうか。仮に勝てば何億円ももらえる試合で周りが禁止薬物使用を勧め、「バレないように薬物を使用できる」という誘惑もあった場合、こういった行為を完全に否定できるかと言われれば自信がありません。世界王者になった今の僕は絶対にやりませんが、何者でもない自分であれば、完全に「やらない」と言えるのかどうか、考えさせられます。もちろん、ルール違反を肯定する気はまったくありませんが、きっぱり否定することの難しさも感じています。

毎日新聞「改善主義」2018年03月28日

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改善主義:ボクシング あがき続け、つかむ運=村田諒太

 世界ボクシング協会(WBA)ミドル級8位、エマヌエーレ・ブランダムラ選手(38)=イタリア=との初防衛戦(4月15日、横浜アリーナ)が近づいております。2度の走りこみキャンプを含め、トレーニングは充実しています。ただ、人間とは不思議なもので、追い込まれた状況にならないと、一生懸命やっているという自信が湧いてこないものです。

 一生懸命やってはいるのですが、相変わらず多忙で、ボクシングだけに集中しているかと言えばそうでもなく、不安になったりもしています。不安があるから練習する。良いことではありますが、自分は精神至上主義の上に成り立っている人間なのだなと改めて感じています。

 平昌冬季五輪を論評する仕事の依頼があり、大して知らないのにと思いながらも受けさせていただきました。冬季五輪は見れば見るほど面白いですね。特にノルディックスキー・ジャンプは風の影響を受けたり、順番待ちで体が冷え切った状態での飛躍になったりと、運がなければ勝てない。そうかと思えば、女子のように前評判通りの結果になったりと、五輪の女神がほほ笑む瞬間を楽しんでいます。

 やはり五輪では「縁」がないと、メダルは獲得できません。そもそも、どんなことにも縁がなければ、たどり着けない。この縁はどうやったらできるのでしょうか? みんな知りたがるのですが、端的に言うと運です。つかみ方やハウツー的なものはありません。

 先輩から聞いた、平安時代の能書・小野道風という方の面白い話があります。

 カエルが池から柳の枝に跳びつこうと何度も繰り返しますが、柳の枝は高すぎて、到底届きません。カエルとは哀れな生き物だと思っていた小野道風でしたが、ふと風が吹いた時に、たまたま柳の枝がしなり、カエルの近くに来た瞬間に、跳び移ることができたというものです。

 チャンスや縁はなかなかつかめない。簡単につかんでしまう人もいますが、特殊な才能でもない限り、何度も跳ぶことでしかつかめないのだと思います。

 五輪に吹く風に、ふとそんなことを思い出し、改めてあがき続けようと思う近ごろです。

毎日新聞「改善主義」2018年02月28日 掲載

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改善主義:ボクシング 難しいメンタル維持=村田諒太

このコラムを書いている22日、エマヌエーレ・ブランダムラ選手(イタリア)との初防衛戦(4月15日、横浜アリーナ)を記者会見で発表しました。本来はもう少し早く書き上げるはずでしたが、試合に向けたポジティブな言葉が見つからずにいました。心機一転、本日を境に頑張ります!

 初防衛戦は難しいと言われるらしいのですが、さまざまな要因があると思います。まずはチャンピオンになって満足してしまい、トレーニングに身が入らなくなること。または周りの環境が変わり、チヤホヤされ過ぎてしまうこと……。要するにハングリーじゃなくなってしまうということですね。しかし、どれもこれも受け入れていくしかありません。無理にこの感情を無視しようとしても逆効果でしょう。それも含めて自分の実力と受け止め、乗り越えてみせます。

 チーム帝拳としては3月1日、高校の先輩でもある山中慎介選手が世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級王者のルイス・ネリ選手(メキシコ)と再戦します。ボクシングというのはドラマだと思っています。山中先輩が敗れた前回の試合に関してはさまざまな意見が飛び交いましたし、ドーピング検査を巡るネリ選手への報道なども踏まえれば、今回はまさにドラマのフィナーレ。山中先輩のボクシング人生にとっても最大の試合になると思います。一ボクシングファンとして結末を楽しみにしていますし、同時代を山中先輩とご一緒させていただけていることをありがたく思っております。

 僕のボクシング人生もこれからどうなっていくのか。一部の報道でも触れられていましたが、いずれは東京ドームで日本の皆さんを元気づけるような試合がしたいです。東京ドームは、ヘビー級元世界王者のマイク・タイソン(米国)が5万人以上の観衆を集めた場所。まだまだ現実味はありませんが、一歩一歩やっていくしかありません。そのためにも、まずは4月の試合に勝利します。

 うーん……。そんなことを考えていたら、緊張してきました。やっぱり防衛戦に向かうメンタルって難しい。

毎日新聞「改善主義」2018年01月24 掲載

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見出し 改善主義:ボクシング 平成世代が国支える=村田諒太

 師走ですね。

 このコラムが載る頃はもう年の瀬ですが、まさに慌ただしさ真っただ中で書いております。世界戦でエンダム選手に勝利した効果はすさまじく、「忙しい」と、ありがたい悲鳴を上げています。

 休む暇がないことから、妻と「そろそろ体調を崩すだろう」と話していたところ、予想通りやられてしまいました。こういった妻とのやり取りで、お互いのことを分かり合っているのだなと改めて感じます。

 さまざまな面で、妻の機嫌を簡単に感じ取ることができます。小さなところでは、私が保育園の送りに行けない時、子どもに「パパは忙しいのだから早く支度しなさい」と言い聞かせる姿に、僕へのプレッシャー(考えすぎでしょうか……)を感じます。夫婦であることを感じる出来事でもありますし、こういったやり取りが幸せでもあります。

 話は変わりますが、15日に来年の年賀状の受け付け開始セレモニーに出席させていただきました。来年は、平成30年。昭和の終わりごろに生まれ、主に平成を生きてきた人間としては、節目に感慨があります。

 「平成生まれの子どもなんて……」と言われてきましたが、その平成元(1989)年生まれも来年で29歳になるのかと思えば、これからは平成生まれが日本を支えていく時代なのだと実感しています。平成時代は、大きな節目を迎えようとしています。「昭和はこんな時代だった」と振り返る人たちがいるように、僕も「平成はこんな時代だった」と、子どもたちに語りかける時が来るのでしょうね。

 そんな記念すべき平成30年。皆様、年賀状は出されましたか? 普段なかなか会えない人に年に一度、近況を伝える機会でもあります。忙しい中ではありますが、「元気ですよ」と一言添えて、出してみてはいかがでしょうか。

 今年もあと10日ほど。良い年をお迎えいただき、平成30年を最高の年にすべく頑張りましょう。世界王者になった僕も勝負の年。気持ちを新たに頑張ります! 改めまして皆様、今年も多くのご声援、誠にありがとうございました。

毎日新聞「改善主義」2017年12月20日掲載

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改善主義:ボクシング 自立促す「子ども次第」=村田諒太

 試合が終わって1カ月たちましたが、まだバタバタしております。「村田諒太」という存在は何も変わっていないのに、世界王者の肩書がつくと本当に環境が変わりますね。

 試合が終わってサインを1000枚くらい書いたと思います。サイン一つとっても、肩書をいちいち書かなくてはいけないので、これまでの3倍の時間がかかるようになりました。肩書というのは、いろいろな面で自分自身を慎重にさせますね(笑い)。……とまあ愚痴っぽくなってきましたので、やめましょう。必要とされるうちが花というものです。

 話をガラっと変えます。先日、公私ともお世話になっている方とお話をした中で、子育ての大きなヒントをいただきました。その方の家系は、僕なんかが足元に及ばないほどの立派な家系ですので、父や一族の存在が疎ましかったり、プレッシャーになったりしないのかと聞きました。僕自身、今のような活躍をすることは子どもにプレッシャーに感じさせてしまうだろうし、決して子どものためにはならないなという思いを抱いていたからです。

 返ってきた答えは、「プレッシャーだとか疎ましいとかは一切なく、こういった家系に生まれたことによって良いことしかない。一度紹介してもらえれば、みんなは自分の顔も名前も覚えてくれるし、何をするにもやりやすかった。また、幼いころから『リーダーになりなさい』と教えられたことで、どんな物事も率先する癖がついた」というものでした。そして「村田君も『子どもに申し訳ない』なんて感じてはいけない。引け目に感じたら、子どもというものは気づくものだ」と教えてくれました。

 これは「何が与えられているかが問題ではなく、与えられたものをどう使うかが問題なのだ」というオーストリアの精神科医、アルフレッド・アドラーの考えに似ていると思いました。子育てをしていて悩むことも多々あるとは思いますが、その中で出した答え(教育)に親が自信を持つこと、そして、何より「将来は本人次第なんだ」と考えることが子離れの一歩で、子どもの自立を促すのかなと思いました。

 このコラムは長男と2人旅をしている新幹線の中で書いています。隣にいる愛息とまだ離れられそうにはありませんが、できる限り、この子と向き合いたいと改めて感じています。

毎日新聞「改善主義」2017年11月22日掲載

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改善主義:ボクシング 王者の責任背負い前進=村田諒太

 皆様のおかげで、10月22日に行われた世界ボクシング協会(WBA)ミドル級タイトルマッチの再戦でエンダム選手に勝利し、ベルトを巻くことができました。

 声援がこんなにも力になるものかと、試合中これほど強く感じたことはありませんでした。スポーツにおける応援の大切さ、応援してもらえる選手でいることの大切さを改めて感じています。高校時代の恩師は「勝った選手は負けた選手の分まで頑張らなければいけない」と教えてくれました。敵地に2度も来てくれたエンダム選手に感謝し、責任を背負って頑張っていきたいと思います。

 今回の試合に向けた練習は、常に良い状態だったかというとそうではなく、試合前の調子なら、前回の方が良かったかもしれません。そんな中で試合前に読んでいた本に書いてあった言葉を自分に言い聞かせていました。「人生は3歩進んで2歩下がるものだ。その進んだ一歩が成長であり、焦ってはいけない」ということです。

 思い返してみると、相手からダウンを取った前回の試合で評価していただいたことに勘違いして「相手を圧倒しなければいけない」などと考え、自分の実力を見誤っていた時期もありました。僕が「東京の父親」と慕う大学時代の恩師に常に口酸っぱく言われていたことは、謙虚でいることでした。試合前の調整も、3歩進んだと思うのではなく、一歩一歩だと思えていれば、ああいった不調は招かなかったのかもしれないと、何年もたってから教えを思い出すことになりました。

 今、肩書は世界王者となりましたが、僕より上にいる選手はいます。そして、同時に狙われる立場になりました。王者になることは、2012年ロンドン五輪での金メダルの時もそうでしたが、取ってからの方が、重圧がかかりました。重圧に負けぬよう、そして上にたどり着けるよう、一歩一歩前進してまいりたいと思います。

 自分の立ち位置を見失わないで謙虚にいることができた時に、精神的にも成長できる。そして、これから待ち受けている試練を覚悟しつつ、今はしばしの休息をいただきたいと思います(笑い)。応援、本当にありがとうございました。最後になりましたが、この試合を作っていただいた全ての皆様に、心よりお礼申し上げます。

毎日新聞「改善主義」2017年11月01日掲載

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改善主義:ボクシング 煩悩と戦い 人は成長=村田諒太

アッサン・エンダムとの世界ボクシング協会(WBA)ミドル級タイトルマッチの再戦(10月22日、東京・両国国技館)に向け、実戦練習を繰り返しています。完全決着を求められているのは分かっているので重圧もあります。ただ、頑張ろうと思いすぎることによるマイナス面を数試合経験していることもあり、その辺りをコントロールする力は上がってきているみたいです。

 しかし、ボクシングは相変わらず身体にダメージをため込む競技だなと改めて感じています。今回のコラムを書かせていただいている日が、ちょうど実戦練習を開始して2週間たったころ。この時期はいつも迷いの時期でもあります。練習を開始して1週間は感覚を戻したりすることに必死ですが、慣れてくると「ここを変えたらもっと良くなる」など改善点を見いだせるようになる中で疲労も重なり、一度調子を崩してしまいます。
 今回がプロ14戦目になるキャリアのおかげで、この局面も精神的に崩れることなく過ごすことができるようになりましたが、「いつまで同じような過ちを繰り返すのか」と、自分でも笑ってしまいそうになります。毎回、同じような感じで、考えては調子を崩したり、一見意味のないことをずっと繰り返したりするわけです。

 最終的には、余分なものを削る作業に行き着き、シンプルな考えに至る。そう分かっていても「もしかしたらこれが使えるかもしれない」「こっちの方がいいかもしれない」と期待を抱いて練習する姿は、まさに人間らしさではないでしょうか。もしかしたら、これも煩悩なのかもしれません。

 欲張るがゆえに生まれる悩み。それと戦うこと。そして、分かっていても同じことを繰り返す――。日本人が仏教的な考え方に行き着く訳が分かる気がします(そんな大げさじゃないか……)。

 考えたり悩めたりするのも、試合があるおかげです。このおかげで人間として成長することができるのかなと思います。そしてまた繰り返すのでしょう(笑い)。

 成長とは言えないかもしれませんが、少なくとも経験にはなっているのだと思います。一生懸命に生きる、経験をさせてもらえる機会が試合であり、それをありがたく思い、頑張っていきたいと思います。

毎日新聞「改善主義」2017年09月27日掲載

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改善主義:ボクシング 再戦へビジョン明確に=村田諒太

 10月22日に東京・両国国技館で世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王者のアッサン・エンダム(フランス)と再戦することが正式に決まりました。試合を組んでくださった帝拳ジムの本田明彦会長をはじめ、フジテレビ、電通の皆様に心より感謝いたします。1―2の判定で敗れた前回5月のタイトルマッチの反省を踏まえ、トレーニングに臨んでいます。

 前回は相手を倒しきれなかったことなど、いろいろと反省はあります。根本的な問題は「どういう試合展開で勝つのか」というビジョンを描けていなかったことだと思います。振り返ると、ただボクシングをしていただけで「後半勝負するならこの戦略でいく」という明確な考えを持っていませんでした。今回は勝利のビジョンを明確に鍛錬しています。もちろん、まだここでは具体的に書けませんので、ご了承いただければ幸いです。試合をご期待ください!

 話は変わりますが、私はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で個人的な意見を書くことが苦手です。人それぞれ見方や立場によって違う意見があるのは普通で、SNS上に「唯一無二の正解」はないのです。本にしても、断定的な書き方が苦手です。

 ただ、個人の意見だから何を言ってもいいということではありません。「これを言われたら嫌だな」と思うことは言わない、書かないのがベターでしょう。まあ、こうやって自分の意見を書いているのも、矛盾している気はしますが……。

 それぞれの意見をぶつけ合うのではなく、もう少し寛容に「そんな考え方もあるな」くらいで済ませられる度量やマナーが、SNSという簡易なつながりの中では大切な気がします。一つの事柄でも、見る角度によって捉え方は多種多様です。「これが正しい」とか正義の押し付けはやめましょう。という僕のこの文章も押し付け気味ですね。多種多様に受け取っていただければ幸いです(笑い)。=毎月第4水曜日掲載

毎日新聞「改善主義」2017年08月23日掲載

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改善主義:ボクシング 蓋破り、世界の中心へ=村田諒太

 7月15日にジムの先輩である三浦隆司選手が、米国のリングでメインイベンターとして世界ボクシング評議会(WBC)スーパーフェザー級タイトルマッチの舞台に立ちました。結果は判定負けでしたが、日本選手が文字通り拳一つで、この舞台に上り詰めたことはボクサーの理想像ではないでしょうか。

 そもそもボクサーとはハングリーな生き物で、何もないような状況から成り上がるという生き様が、人々を引きつけるのだと思います。失うものなど初めからなく、得るために生きていく――。このコラムを書いていて、自分が2012年ロンドン五輪後、得るのではなく失うことにおびえていたと改めて反省しております。

 「米国の舞台に立つ意味は?」と問われることがよくありますが桁違いのお金の動き、それに伴って生まれる華々しさが答えとして挙げられます。ただ、僕は米国にはこだわっていません。マーケットの中心地で日本選手が認められることに意義があるわけで、それが米国であれ、英国であれ、世界の中心となっている場で日本人がメインを張ったということに意義があるのだと思います。

 先日、フリースタイルスキー女子モーグル元五輪代表の上村愛子さんとイベントでご一緒し、ノミを例にした興味深い話を伺いました。

 ノミはすごく高くジャンプすることができて、人間の大きさでジャンプをしたら東京タワーを超すくらい跳ぶそうです。ただ、そのノミをコップに入れて蓋(ふた)をしておくと、初めは何度もジャンプして飛び越えようとするのですが、阻まれ続けていると、蓋を取った状態にしても、いつの間にかコップを越せなくなってしまうそうです。
 本来、越せるはずのものが蓋をされることによって阻まれ、自分の能力そのものにも蓋をしてしまう。これって日本人にもよく言えることじゃないでしょうか。

 日本人は欧米人より劣るのだというような蓋をされ続けてきた結果が今の劣等感につながっているのではないかと思います。僕はこの蓋を破って、日本人の能力を世界に示したいと思います。

毎日新聞「改善主義」2017年07月26日掲載

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改善主義:ボクシング 羨ましさ、努力に変え=村田諒太

 世界タイトルマッチが終わって1カ月以上たち、少し焦りを感じています。「試合の反省を生かせているのか。修正して身になっているのか」――。「まだ1カ月ではなく、もう1カ月だぞ」と、自問自答しています。

 サンドバッグやミット打ちをやっても感覚がつかめないことも。まだスパーリングの時期ではないので焦っても仕方ないと思う半面、あっという間に次戦が来るという危機感があります。自分の性格は「びびり」だなと、感じる次第です。

 話は変わりますが、7月15日(日本時間同16日)に、世界ボクシング評議会(WBC)スーパーフェザー級元王者の三浦隆司選手の試合が米カリフォルニア州であります。2015年11月に行った世界戦が専門誌で年間最高試合に選ばれるなど、本場・米国で人気が高い三浦さん。今回はWBCスーパーフェザー級王者のミゲル・ベルチェルト(メキシコ)が相手です。好戦的な王者と、強打の左ストレートから「ボンバー」と呼ばれる三浦さんの試合となれば、またも年間最高試合候補になりそうな激闘(試合している方はたまったものではありませんが……)が期待されます。

 さらに8月26日(同27日)、同州で亀海喜寛選手が世界ボクシング機構(WBO)スーパーウエルター級王座を懸けて、世界4階級制覇のスーパースター、ミゲル・コット(プエルトリコ)と戦います。亀海さんも激闘型の選手ですので、面白い試合になると思います。打撃戦に持ち込めば、亀海さんの勝利が見えてきます。ビッグマッチに先輩たちが臨むことを誇りに思いますし、同時にすごく羨ましいです。

 一方で「羨ましい」という言葉の難しさ、奥に潜む闇も感じています。努力をせずにひがんでしまう風潮です。羨ましさが妬みになることが多くなっている気がします。ただ、僕は違う。羨ましい、憧れる先輩2人と同じような舞台に立てるよう、正当な努力を重ね、夢を実現させたいと思っています。

毎日新聞「改善主義」2017年06月28日掲載

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改善主義:特別編 心の炎 むしろ大きく=村田諒太

2012年ロンドン五輪ボクシングミドル級金メダリストの村田諒太(31)=帝拳=が、20日にあった世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王座決定戦を終え、毎日新聞に手記を寄せた。今回は毎月第4水曜日掲載のコラム「改善主義」の特別編として、試合後の率直な心境を語ってもらった。

 エンダムとの試合では、多くの方々に応援いただき、ありがとうございました。また、世界タイトルを獲得することができず申し訳ございません。

 試合後、いろいろお声がけをいただきますが、判定に触れるのはあまりいい気持ちはしません。

 勝敗が大きく割れる判定は日本の歴史にも、そして世界の歴史にもあり、時として、選手が矢面に立たされ、被害を受けることがあります。

 正直な話、一番怖かったのは変な判定で勝つこと。今回のようなケースはもちろん予想していませんでしたが、試合前に予想される最悪の結果は、相手に足を使われてパンチを当てることができず、それでも判定で勝ってしまい、バッシングを浴びる――というものでした。

 自分がこんなことを言うのも複雑ですが、判定うんぬんを選手がコントロールできるわけもなく、そのことに対して選手が非難を浴びるのは、お門違いもいいところなのです。だから、僕の中で予想された最悪の事態ではないとハッキリさせておきたいです。

 試合が始まる前まで「世界の一流選手と戦った時に、自分のボクシングが通用するのか」と、自分自身に対して半信半疑の状態でもありました(今まで戦ってきた12人の選手へのご無礼、お許しください……)。自分のボクシングがある程度自分の中でも証明できた、自信になった、そして選手としての評価を落とさなかったことを考えると、個人としてはプラスでしかありません。

 プロ13戦目での初黒星でしたが、全勝記録はあくまで個人のものでこだわりはありません。一つ悔やまれるのは、形として、常日ごろサポートしていただいている皆様、そして応援いただいている皆様に報いることができなかったことです。

 幸いにケガもなく、心の炎が消えることもなく、むしろ大きくかき立てられるきっかけになりました。先を見据えていきたいとは思いますが、まずはチームとして話し合い、今後のことを決めていきたいと思います。
 世界のミドル級でボクシングをするということはファイターよりも、試合を実現させるプロモート側にとって大変なことです。それがなければ個人として現役を続ける判断もできません。改めて、大きな支えをもらい「ボクシングをさせていただいている」と実感する世界戦となりました。

毎日新聞「改善主義」特別編 2017年5月29日掲載

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改善主義:自分を「作り直し」挑む=村田諒太

 5月20日にあるアッサン・エンダム(フランス)との世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王座決定戦に向け、毎日頑張っております。当たり前ですね……。「世界戦効果」は絶大で、普通に生活している中でも、お声をかけていただくことの多さ、チケット販売の問い合わせなど、多くの面で注目度の高さを感じています。

 プロ転向後初の世界戦です。何か特別なことをするかというと、そうでもありませんが、エンダムはプロで戦ってきた選手で一番強い相手だと思います。自分を最高の状態に持っていかなければなりません。試合ごとに成長できているとは思いますが、キャリアを重ねるにつれて感じるのはボクシングの面白さ。特に、自分自身を「作り直す」という作業です。

 前回の試合までに作り上げたものを100とするなら、試合後に練習を再開した時に101からスタートすることはできませんよね。良くて70くらいからにしかなりません。練習で手を抜いていたからではなく、実戦感覚は試合から離れるだけで、明らかに忘れてしまうものなのです。101からスタートができないと考えた場合、練習で100に戻す作業が必要です。

 ある程度のレベルまで到達した選手は、その先の技術的なレベルや、パンチ力が大幅に伸びることがないと考えると、いかにコンディションをうまく作るかということが大きな鍵となります。もちろん、実戦練習の中で新たな気づきもあるかと思いますし、ある程度のキャリアを積んだ選手が急に強くなることもあります。「これが正解」という答えはなく、常に手さぐりでやっていくしかありません。

 先日、仕事をしながら日本代表として活躍している、ある競技の女性選手と食事をしました。昨年のリオデジャネイロ五輪に出場した方です。その選手は現役を続行するか悩んでいる、ということでした。一方で、仕事をしていても競技ほど熱くなれるものはないと言っていました。

 そう思うと、緊張感とともに生きる現役時代というのはぜいたくな時間で、かけがえのないものだと改めて感じました。世界戦まで残り約1カ月。こうなったら楽しんでいきたいと思います。

毎日新聞「改善主義」2017年4月26日掲載

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改善主義:正しい調整法共有を=村田諒太

 先月は私自身のトレーニング法についてお話をしましたが、今月も引き続き書かせていただきたいと思います。前回強調したのは、一つ一つのトレーニングの意義を考えることに加え、体を追い込む高強度のトレーニングと、長い距離をゆっくり走ることを中心とした低強度のトレーニングをバランス良く組み合わせるということでしたね。

 今思えば、アマチュアだった時にも皆さんにお話ししているようなトレーニングの知識があれば、調整をもっとうまくできたかもしれません。ただ、ボクシング界ではまだまだ浸透していないことです。競技団体によって知識の差は大きく、効果的なトレーニングの方法を当たり前のように取り入れている競技は、コンスタントに好成績を上げることができていると思います。

 たまに大学で学生と一緒に練習をしていますが、彼らの練習はすごくハードで、プロの選手より練習しているかもしれません。毎日のように厳しいメニューをこなし、「精神鍛錬」とも言えるような日々を過ごしています。31歳の私が同じメニューをこなせば間違いなく壊れてしまうと感じるもので、オーバーワークの危険性を考えながら調整をする必要があります。ただ、その調整がうまくいかない選手が多いような気がしています。

 ボクシングにおける「スタミナ」とは? 古い考えはこうなります。

 「1ラウンドを3分ではなく4分と想定し、長く練習することでスタミナをつけよう」

 この考え方で本当にスタミナはつくでしょうか? 同じペースで走り続けるようなことを目標とする競技なら効果はあるかもしれません。しかし、ボクシングでは、1ラウンド3分の中で攻撃と防御に関するいくつかのアクションがあり、そのアクションを起こしてから回復できるかどうかが、スタミナの有無にかかわります。単純にトレーニング時間を延ばすことがスタミナを養うことではないのに、現在の指導現場では効果的なトレーニング方法を考える人が少ないと思います。

 これは古くからの考え方にとらわれた典型例といえるでしょう。2020年東京五輪・パラリンピックを控えた今、ボクシング界も競技団体の垣根を越えて正しいトレーニングの知識を共有していくことが必要ではないでしょうか。

毎日新聞「改善主義」2017年3月29日掲載

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改善主義:目的意識高く練習を=村田諒太

 現在、沖縄で合宿を張って走り込みをしています。最大心拍数を目安に体を追い込む高強度のトレーニングと、長い距離をゆっくり走ることを中心にした低強度のトレーニングの比率をどれくらいにするとパフォーマンスが上がるのかをリポートでまとめたのですが、現状では低強度の方が効果があるとトレーナーから教えてもらいました。

 ボクシングの世界では毎日、高強度に近いトレーニングをしている気がします。このことが時にオーバーワークを招いているのかもしれません。他の競技に比べて、選手寿命が短い要因もこの辺りにあるのかなと考えられます。

 僕は一つ一つのトレーニングの意義を考えることも大切だと考えています。「今トレーニングしていることは何の役に立つのか」を考え、科学的な要素も取り入れていく必要があると思います。目的がしっかりしている状態でトレーニングできれば、やみくもに体を動かすことにはなりません。目的がはっきりせず、他者の言うことをただ受け入れて練習しているだけでは、向上することはないのだなと改めて感じています。一見手抜きをしているように見える選手がしっかり結果を残すことがあるのも、才能だけで片付けられるのではなく、目的意識を高く持って効率的にトレーニングしているところに要因があるのかもしれないですね。

 重要になってくるのは、トレーニングを信じることかなと思います。やはり、ボクシングはメンタルスポーツですので(ボクシングに限らずスポーツはほとんどそうかもしれませんが)「これだけじゃ物足りないな」などと不安にならないためにも、トレーニングの内容、目的、プランなどを明確にし、信じてやるということが大切ではないでしょうか。

毎日新聞「改善主義」2017年2月22日掲載

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改善主義:ボクシング 不安と闘う「技」と「覚悟」=村田諒太

 昨年12月30日のブルーノ・サンドバル(メキシコ)戦で応援いただいた皆様、ありがとうございました。無事KO勝ちすることができました。次戦が世界戦になることを僕も願っていますが、万全のサポートをいただいている状態ですので、これでできなければ仕方ありません。次がどうであれ、また応援いただければ幸いです。

 現在は日々トレーニングをしています。試合でのダメージもなかったので、1月3日から走り始めて、コンディションはとても良い状態です。気持ちは次戦に向かっているというところです。
 コラムを読んでいただいている方で、スポーツ選手の心理に興味がある方もいると思いますので、今回は試合前に不安を消す僕なりの方法を書かせていただきます。試合前になると不安が襲ってきます(当然です。負けたら先が遠のく、もしかしたら何もかもなくなるわけですから)。ここで分かるように、不安とは結果に対してのものです。しかし結果はコントロールできません。自分より強い相手と対戦する確率、さらに試合中のアクシデントなんて、誰にもコントロールできません。コントロールできるものだけに焦点を合わせ、集中するのです。

 コントロールできることは、自分の行動(プレー)。そこで、自問自答をします。自分の良いところって何? ガードの堅さとプレッシャーをかける強さ、そしてパンチ力。他の自分にないもので勝負するつもり? いや、強いところで勝負する。――こうすると、おのずとやるべきことが見えてきます。

 そして最後は「これで通じなかったらそれまでさ」と開き直ることです。意外と難しいのかもしれませんが、そこは少しの勇気さえあればいいのだと思います。不安を和らげる方法を持ち合わせつつ、最後は開き直るくらい思い切ることも必要です。ある意味、諦めにも似ている気がします。「覚悟」と言えば格好いいのかもしれませんが……。この微妙な感情、分かる方は分かってくれると思っています(笑い)。

毎日新聞「改善主義」2017年1月25日掲載

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改善主義:ボクシング 本質捉え問題解決を=村田諒太

 このコラムが掲載される日が来たということは、ブルーノ・サンドバル(メキシコ)との試合が2日後(30日、東京・有明コロシアムでノンタイトル戦)に迫っているということになります。

 今回の原稿は、試合の約2週間前に書いています。世界戦への前哨戦なんてうたわれていますが、そこで負ければ今後の予定が白紙になる可能性もあります。プレッシャーもありますが、以前あった「切羽詰まった感」はありません。キャリアも築いてきたので、当たり前と言えば当たり前なのでしょう。

 結果に関しては神のみぞ知りますが、僕としては良い状態だと感じています。ここ2カ月ほど、ストレングス(筋力)トレーニングの中で、股関節やハムストリング(太もも裏)のストレッチを増やしました。その効果か、以前から感じていたアキレスけんの痛みがほとんど無くなりました。

 こういうケースはさまざまなことにもつながりますが、アキレスけんが痛いからアキレスけんの周りをほぐしたり、固定したりするということは、一時的なケアにはなりますが、根本的な治療にならないと感じています。僕が感じた痛みは、ハムストリングの柔軟性と股関節の内転がうまくいかなかったことによってアキレスけんへの負荷がかかっていたという状況でした。

 ボクシングでは「脇を締めろ」とよく言われますが、それも脇の開きに焦点を当てるのではなく、なぜ脇が開くのかということを考えなければいけません。体の開き具合、筋肉のつき方、体形、柔軟性……。さまざまな要因があるにもかかわらず、ただ脇を締めるように指導されます。そうやって無理やり締めることにより、力みにつながります。

 その人が抱えている問題の本質から目を背けていては、問題の根本的な解決にはなりません。不都合なことが起きた場合は事象そのものだけにとらわれるのではなく、もっと大きな原因を考えることが大切だと思います。

毎日新聞「改善主義」2016年12月28日掲載

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改善主義:ボクシング 体力の衰え、経験で補う=村田諒太

今月5日、世界6階級制覇のマニー・パッキャオ(フィリピン)が世界ボクシング機構(WBO)ウエルター級王者のジェシー・バルガス(米国)を相手に現役復帰戦を行い、判定勝ちで新王座に就きました。

 引退宣言をした選手が7カ月ぶりに試合をして、それがいきなりタイトルマッチになる。人気選手を優遇していることや、そもそも「引退」と呼べたのかというツッコミどころは置いておくとして、すさまじいことですね。27歳の若い王者が試合の後半にスタミナ切れになり、37歳の挑戦者が最後まで元気に戦う姿は、もはや常識の範囲ではありません。

 スタミナの維持についても考えさせられた試合だったと思います。母国で上院議員としての仕事をしながらのパッキャオは、明らかに全盛期のスタミナやスピードは持っていないでしょう。対照的に上り調子で全盛期と言っていいバルガスは、心肺機能などは明らかにパッキャオを上回っていたと思います。

 では、なぜバルガスが先にスタミナ切れを起こしたのか。それは戦い方の要領にあると思います。時間に制約のあるパッキャオは、練習でもそれを重視したことは想像できます。いくらハードに練習をしたところで、この要領が悪ければ、空回りして終わってしまいます。

 パッキャオは、試合の中でも、フェイントを多用して実際に打ちにいかずに、スタミナを温存しながら戦う姿が目につきました。限られた時間の中でトレーニングすることによって身につけた要領の良さだと思います。

 年齢を重ねていくと、瞬発力、体力は絶対に落ちてきます。そういった中で競技を続けていくヒントをパッキャオがくれたのではないでしょうか。

 体力が数値として100あったとしても、98を使ってしまうと残りは2しかなくなります。ただ、体力の限界値が80しかなくても、60しか使わなければ20余ります。これが、経験で補える要領の良さ。単純なスタミナ(心肺機能・運動能力)では測ることのできないところです。ボクシングは年齢だけでやるものではない、と教えてくれた試合でした。

毎日新聞「改善主義」2016年11月23日掲載

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改善主義:ボクシング 貪欲な拳 楽しんで=村田諒太

 ボクシングの楽しみ方は――。そんな質問をされる時がありますが、普段抑制されている「殴る」という行動を競技の上で解放され、それに感情移入しながら見るのが一般的な楽しみ方ではないでしょうか。

 そもそも、他のスポーツとは一線を画していますし、何より世界観は「あしたのジョー」(若い人たちには分かりにくいですね……。要するに「何もない状態から、拳一つで人生を変える」ということ)ですから。

 11月に世界6階級制覇のマニー・パッキャオ(フィリピン)が現役復帰戦を行います。対戦相手はジェシー・バルガス(米国)。世界ボクシング機構(WBO)ウエルター級王者です。ジェシーと会って話をした際に「誰と戦いたいか」と聞いたら、「一番、金になるからパッキャオだ」と言っていました。
 金のためだなんて良くない、と言う人もいるでしょうが、そんなきれい事は必要ない世界です。勝利、名声に飢えた人間たちが殴り合う姿を見入るというシンプルな楽しみ方をまずはお勧めします。

 話は変わりますが、最近、オーストリアの精神科医のアルフレッド・アドラーが提唱した「アドラー心理学」がはやっているみたいですね。流行に乗っかるのが嫌いな私はあえて関連書籍を読んでいませんでしたが、テレビで紹介されていたのを見て興味がわきました。
 目を引いたのは「劣等コンプレックス」「優越コンプレックス」についての説明です。人には自分が世界の中心でありたいという欲望があり、劣等感がある人は不幸を自慢し、優越感を得たい人は他者より優れているということを前面に出したがるというのです。私は優越コンプレックスの持ち主では、と思いました。そもそもボクシングを始めた理由が、一番強いんだと世間に認めてほしかったからです。

 成長する過程において、こういった欲求は必要であることも事実です。問題はこの感情がエスカレートしてしまうことです。僕自身も、少なからずそんなところがあると思います。

 だからこそ、こういった心理学を知り、自分を知ることさえできれば、「強さを認めてほしい」という感情を向上心としてうまく利用できるのではないでしょうか。アドラー心理学、勉強してみようと思います。

毎日新聞「改善主義」2016年10月26日掲載

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改善主義:ボクシング 成長へ環境変えてみる=村田諒太

 9月はボクシング界でビッグマッチの多い月となりました。特に僕が戦うミドル級では、一番強いと言われるゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)、そしてミドル級から1階級下げてスーパーウエルター級で試合することを選択したメキシコの若きスーパースター、サウル・アルバレスがそれぞれ豪快な試合で印象的な勝ち方を見せてくれ、試合実現の機運も高まったのではないでしょうか。

 そもそもこの世界はスポーツであると同時にショービジネスでもあります。強い選手同士が試合をするのが一番ではありますが、試合を実現するまでの交渉、プロモーターの思惑、選手の考え方も含め、全てがうまくいかなければビッグマッチは成立しません。前述の2人の試合も期待は高まるものの、なかなか実現してこなかった経緯があります。そういったチャンピオンたちがいる中で僕は戦っているので、そう簡単に世界戦なんてあり得ないわけです。

 実際に彼らと戦いたいか――。そう問われれば、答えはもちろんイエスです。金メダルを勝ち取ったロンドン五輪から4年たちました。最近では週に1度、英語のレッスンを受けています。テキストと会話でレッスンをしてもらっているのですが、少しでも準備を怠れば、前回からの進歩がありません。何の成長もないまま、ただただお金を費やし、時間も過ぎてしまいます。

 これって人生にも言えることだなと思います。人間は、やらなければいけない環境に置かれて物事を始める。逆に言えば、そうじゃなきゃなかなかやりません。思い切って環境を変えることも僕の中で自分が成長するための選択肢としてあるのかなとか、最近そんなことも考えます。

 会社の経営者に話を聞き、「借金しろ」と勧められたことがあります。極端な話かもしれませんが、それも頑張らなければいけない環境に身を置くということなのだと思います。そういった環境を自分に与えるのも、成長するためにはありかなと思います。世界の強豪と試合するというのは、まさにそういった状況。自分にとって大きな成長をもたらしてくれると思います。

 とはいえ、借金は嫌ですけど(笑い)。

毎日新聞「改善主義」2016年09月28日 掲載

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改善主義:ボクシング 熱い逆転 夢中で応援=村田諒太

 21日(日本時間22日)に閉幕したリオデジャネイロ五輪では、日本代表が大活躍しましたね。2020年東京五輪に向けた強化がうまくいっている団体は成績を残し、そうではないところは停滞していたような印象を受けます。こういった結果で、競技への取り組みの差も見えてきている気はします。

 五輪の素晴らしいところは、「五輪」という一つの大きな枠で、今まで興味のなかった競技でも、みんなが目にするところだと思います。僕自身も、卓球をこんなに夢中になって応援することなんて今までありませんでした。

 何が面白いって、一瞬で流れが変わってからの逆転劇などが、他のスポーツに比べて顕著に表れるところです(11点制のため、すぐに1ゲームでの勝敗がつくから分かりやすいという面もあると思います)。見ていて面白くならないわけがない競技内容です。

 今回の五輪は逆転劇が多いような気がしました。レスリング女子の金メダリストたち、体操の団体では予選で内容の良くなかった日本が決勝での逆転劇、内村選手の個人総合での驚異的な巻き返しなど、ドラマチックな内容の連続だったなと思います。

 どの競技でも、前年の世界選手権の覇者が、五輪では敗れるということはよくあります。これは、さまざまな意味でのピークがあるのかなと思っています。実力、コンディショニング、あとは運。五輪はそれらが絡み合わなければ優勝できません。だからこそ、今回の内村選手のように、世界選手権も五輪も優勝している選手には突出した強さがあることになります。

 こういった面も含めて、4年後に迫った東京五輪に臨む各競技団体、そして選手個人が、どうやって競技に取り組み、ドラマを作っていくのか。メディアの前に出ていない今こそ、本当のスタートなのです。

 五輪をゴールとするのか、スタートとするのか、人それぞれかとは思いますが、東京五輪に向けての各選手の物語は、もう始まっています。そしてその結末がどうなるのか。そんな気持ちを高ぶらせてくれる東京五輪が楽しみです。

毎日新聞「改善主義」2016年08月24日 掲載

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改善主義:ボクシング 王座目指し、日々謙虚に=村田諒太

23日に米ラスベガスで行われたプロ11戦目も勝利を収めることができました。さて、リオデジャネイロ五輪の開催が迫ってまいりました。ロンドン五輪からもう4年かと思うと、時間の速さをひしひしと感じています。

 金メダルを獲得してから人生は一変しました。ロンドン五輪以前は、自分でもプロの世界でやっていくことなど、想像もできていませんでした。2013年8月にプロデビューしてから3年。世界ランキングも(国際ボクシング連盟のミドル級で)3位まで上がり、いよいよ世界戦が現実味を帯びてきました。
 この3年間はあっという間でした。正直、金メダルを獲得してからプロ転向、CMやテレビ番組などでのメディアの露出が増えていく中で今までてんぐになっていたと感じました。有名になり、注目されていることが当たり前になっている中で、謙虚さを無くし、自分の足元が見えていませんでした。実力より知名度が先行しているのに粋がってしまい、本来の自分を見失って感謝の気持ちを忘れていました。

 今、ここにきて、やっと取り戻しつつあるのかなと思います。最近になって思うのは、粋がるのは疲れるということです。本来の自分ではないものを演じて生きることに無理があることは当たり前のことです。

 そして、謙虚であることは、自分にも他人にも平穏をもたらし、結果として、人間関係(仕事だけではなく、家族との関係も)もうまくいき、歯車がかみ合うのだと思います。もちろん、背伸びをして頑張る必要はありますが、それは競技の話で、人間性までがそこに引きずられてはいけません。

 今、このコラムを書いていて、何を当たり前のことを書いているのだろうと思っていますが、金メダルを獲得した次の五輪が目の前に迫った今まで、謙虚でいることの大切さに気づけなかったことが事実です。与えていただいた環境やサポートに感謝し、来る世界戦まで毎日を謙虚に練習することしか僕にできることはありません。

 そして来たるべき時に、必ずとは言えませんが、多分、チャンピオンになります。そして必ず、ベストを尽くします。

毎日新聞「改善主義」2016年07月27日 掲載

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改善主義:ボクシング 楽しみながら子育て=村田諒太

 5月にプロ10戦目を終え、現在は家族と一緒に過ごす時間を持てています。とは言いましても、すぐに次の試合(日本時間7月24日にラスベガスで行います。見てください!)が迫っているのですが……。

 2010年5月に結婚した僕には、5歳の長男と2歳の長女がいます。子育てをしていて感じることは、子どもたちは大人が言うことをどれくらい理解できているのだろうかということです。

 理解できていないにもかかわらず、さまざまなことを押し付けられると、子どもは混乱してしまうのではないでしょうか。学校教育、集団生活のために早々と厳しい規則などを押し付けてしまい、子どもが本来まだまだ赤ちゃんでいるべき時期を逃してしまっているのではないでしょうか。

 人間と他の動物との大きな差は、幼少期が長いかどうかだと聞いたことがあります。他の動物は生まれてから2~3年で生殖活動などを行い、おとなとして生きていきますが、人間は長い期間を要します。子どもとして過ごす時期の長さが、知能を発達させ、協調性を育んでいるのではないかと思います。

 虐待を受けたり、必要以上に厳しく育てられたりした子どもが大きくなってから犯罪に手を染める、または自由を求めて社会から逸脱した生活を行ってしまうなど、大きな問題を抱えているということも耳にします。そういった意味でも、子どもが子どもらしくいてもらうことは重要で、自主性を重んじるべきではないかと考えています。

 もちろん、バランスは重要です。学校教育などに順応することを求められますし、何が何でも自由にさせればいいとは思いませんが、少なくとも私は「子どもでいさせる」時間を与えたいと思っています。

 そんなわけで、長女のベビーカーに乗り込もうとする長男を阻止しながら、今日も楽しく遊びたいなと思います。子育ては楽しいことばかりじゃありません。僕も怒ることもありますが、時には大人だって感情的になることがあってもいいのかなと思い、できる限り楽しみながら(意図しなくても楽しいものですが)、一生からすれば短い幸せな時間を過ごしていきたいと思います。

毎日新聞「改善主義」 2016年6月29日掲載

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改善主義:ボクシング 「平常心」を保つには=村田諒太

 今月14日、香港でブラジル選手を相手にプロ10戦目を行い、おかげ様で四回TKOで勝つことができました。応援いただいた皆様、ありがとうございました。私自身、香港に行ったのは初めて。街では至る所で大がかりな工事があり、経済の好調さを感じました。

 このところ、試合前でも平常心が保てています。これで10戦目と、キャリアを積んできたおかげかなとも思いますが、そもそもプレッシャーなどというものは、自分が作る幻影に過ぎないと思うことにしています(完全にコントロールできてはいませんが)。「自分がどう見られたいか」「他人に良い姿を見せたい」「自分の姿を崩したくない」など、すべて自分で勝手に作り上げたものでしかなく、そんなものにとらわれてはいけないと考えています。

 完全にプレッシャーを抑えることはできませんが、少しは紛らわすことができます。物事は、完璧にできないなら意味がないのではなく、少しずつやっていくことで筋肉がつき、それを積み重ねていくことが大切。こういった考え方も積み重ねて、自分の形を作り上げることになるのだと思います。決して「できない」ことは悪いことではなく、初めはどんなこともできなくて当たり前なのです。

 今回の試合前に、生物学者の福岡伸一さんが書いた「動的平衡―生命はなぜそこに宿るのか」という本を読みました。これは分子レベルで「生きる」ことなどを書いており、大変興味深い内容でした。人間の細胞は常に生まれ変わっていて、同じ人間でありながら、同じ分子ではできていないということや、代謝によって生命は平衡を保ち、生きていることなど、非常に興味深く、うなずける内容で、皆様にもお読みいただきたい本です。

 諸行無常などという言葉がありますが、そういったことを人間は昔から気づいていたのかもしれません。科学は新しいことを教えてくれているようですが、昔から言われていることを証明しているようで、感性の大切さを改めて教えてくれます。常に同じものではない、常に良くも悪くもなる――。そういう精神を持って人生に向き合いたいと思います。

毎日新聞「改善主義」2016年05月25日 掲載

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改善主義:ボクシング 何のため=村田諒太

9日、フィリピンの英雄マニー・パッキャオが現役最後と公言している試合(簡単に言えば引退試合にあたるわけですが復帰に含みも持たせていましたし、ボクサーの引退ほどあいまいなものもありませんし、あえてこういう表現にしました)が行われました。

 僕はパッキャオが判定で負けるかもしれないと思っていましたが、終わってみればダウンを2回奪う圧勝。格好良い引き際はまさにスーパースターでした。試合後のインタビューでは「肉体的には続けられるが、これからは政治家としてフィリピン国民と家族のために生きる」と言っていました。

 こんな立派なことを言えるボクサーは初めてじゃないでしょうか。ボクシングの域を超えた存在です。

 試合前には彼の特集番組などもありました。順風満帆な人生ではなく、幼い頃、家族に内緒で家を出てプロボクサーになったこと。世界王者から陥落してアメリカに行き、世界タイトルの挑戦者がけがをしたため、ピンチヒッターで出た試合に勝利し、そこからキャリアを築き上げて今の地位まで上り詰めたこと。何より、初めは家族を養うための金稼ぎでしかなかったボクシングがフィリピン国民の希望になり、人々に勇気と希望を与えたいというツールに変わっていく姿が心を打ちました。

 個人的な意見でしかありませんが、僕自身は何のためにボクシングをしているか分からない時があります。始めたころは、自分が一番強いというアピールができればいいという気持ちだけでした。ですが、思ってみれば2012年ロンドン・オリンピックを目指したのは、恩師の意思を継ぎたいという気持ちがベースでした。

 武道の世界では「居着く」という言葉があります。これはうまく動くことのできない状態のことを言います。精神面でも同じことが言え、例えば腹立たしいことがあった時、そのことを思い出して感情がそこに居座ってしまうわけです。それでは成長がなく、良い意味での変化は素直に受け止めようと思えました。自分は何のためにボクシングをしていきたいか。家族のためだなと思わせてくれた、パッキャオの素晴らしい「最終試合」でした。

毎日新聞 「改善主義」 2016年04月27日 掲載

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改善主義:「リオ」に全力懸けよう=村田諒太

 今月4日、高校や帝拳ジムの先輩で、世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級王者、山中慎介チャンピオンの10度目の防衛戦の応援に行きました。

 互いに倒し合うすさまじい展開でしたが、中身は意外なものでした。山中先輩が今まで築いてきたダウンは全て左ストレート。今回は右フックです。相手が潜り込んでくるところに右フックを合わせ、2ラウンドに最初のダウンを奪いました。

 「いつもと違うな」。そう感じた直後です。3ラウンドに右フックを合わせようとしたところ、挑戦者から相打ち気味のパンチを受け、山中先輩は2度のダウンを喫しました。

 全ては結果論ですが、あの右フックがなければ、もっと楽に勝てたかもしれません。ボクシングの面白さが凝縮された試合でした。

 山中先輩はパンチ力があります。倒されても、自分のパンチを当てればひっくり返せるという強みがあればこそ、自信をもって戦えたのかと思います。「自分の形になれば、いけるぞ」という自信を持つことは大切です。

 話は変わりますが、今夏はリオデジャネイロ五輪があります。2020年の東京五輪を意識し過ぎているせいか、少し世間の関心が低いと感じるのは、僕だけでしょうか? 「東京五輪を見据えた上での選考」と聞くことがありますが、リオ五輪に全てを懸けている選手はたくさんいます。そうした思いを尊重しないのは、不思議な気もします。

 あまり先を見ず、強い(うまい、速い)人間が単純に出場し、その結果を受けて切磋琢磨(せっさたくま)する。その方が、経験を積ませるより大きい財産になると、アスリートとしては若くない僕は、考えてしまいます。

 だから、世間全体で、もっとリオ五輪を取り上げてくれればと思います。ボクシング競技では、リオ五輪以降、プロが解禁になるかもしれないというニュースがありました。プロで世界王者になって東京五輪出場……。素晴らしい夢ですね。

 本当にそうなれば、こんなうれしいことはありません。おっと、僕も先を見過ぎていますね。まずは世界王者、そこだけを見よう。

毎日新聞 「改善主義」 2016年03月23日 掲載

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改善主義:プロ9戦目 初の満足感=村田諒太

 先月30日に中国で行われたプロ9戦目は、二回KO勝ち。初めて満足のいく試合になりました。プロに転向してから初めてと言っていい満足感を、自分の成長と共に感じることができました。このコラムでも度々触れてきましたが、周りがどう騒ぐかも大切ですが、いかに自分の成長を感じられるかが一番重要です。その意味で、今回は「初めてのもの」を得られたのかなと感じます。今年は勝負の年。人生を懸け、チャレンジしたいと思います。

 9戦目は満足度が高かったせいか、帰国後もスイッチが切り替わらず、すぐに練習をしたくてウズウズしていました。3日間休んだ後で練習を再開しましたが、それからわずか4日後に、インフルエンザを発症しました。

 私にとって、実に13年ぶりのインフルエンザは強烈で、夜な夜なうなされ続けました。どうして13年も感染しなかった病気になってしまったのか? 自分なりに原因を分析した結果、(1)疲れが取り切れていなかった(2)食事を節制したことによる免疫不足――と判断しました。

 物事がうまくいっている時は興奮気味になり、猪突(ちょとつ)猛進になりがちです。

 でも、そんな時こそ(テレビアニメで人気を呼んだ)一休さんのように「慌てない、慌てない。一休み、一休み」という余裕が必要だな、と改めて感じました。

 このコラムを書いている17日時点で、やっと運動を再開できそうな体調まで回復しました。顔は若干ふっくらとしましたが、見た目よりも健康を取りたいと思います。

 切り詰められたものや押し詰められたものよりも、少しの余裕に魅力を感じます。ふっくらしてしまった見た目に言い訳を作りながらも、これから練習して心身ともにボクサーモードに戻る日が楽しみな面もあります。そんな矛盾した自分がいるのが事実です。繰り返しになりますが、慌てない慌てない……。深呼吸しながら進んでいきたいと思います。

 年度末の繁忙期かと思いますが、皆様も体調に留意しながら、お過ごしください。

毎日新聞「改善主義」2016年02月24日 掲載

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