村田諒太オフィシャル「SUPPORTER’S CLUB」
ようこそ!ゲストさん | Login

コラム

改善主義:ボクシング 成長へ環境変えてみる=村田諒太

 9月はボクシング界でビッグマッチの多い月となりました。特に僕が戦うミドル級では、一番強いと言われるゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)、そしてミドル級から1階級下げてスーパーウエルター級で試合することを選択したメキシコの若きスーパースター、サウル・アルバレスがそれぞれ豪快な試合で印象的な勝ち方を見せてくれ、試合実現の機運も高まったのではないでしょうか。

 そもそもこの世界はスポーツであると同時にショービジネスでもあります。強い選手同士が試合をするのが一番ではありますが、試合を実現するまでの交渉、プロモーターの思惑、選手の考え方も含め、全てがうまくいかなければビッグマッチは成立しません。前述の2人の試合も期待は高まるものの、なかなか実現してこなかった経緯があります。そういったチャンピオンたちがいる中で僕は戦っているので、そう簡単に世界戦なんてあり得ないわけです。

 実際に彼らと戦いたいか――。そう問われれば、答えはもちろんイエスです。金メダルを勝ち取ったロンドン五輪から4年たちました。最近では週に1度、英語のレッスンを受けています。テキストと会話でレッスンをしてもらっているのですが、少しでも準備を怠れば、前回からの進歩がありません。何の成長もないまま、ただただお金を費やし、時間も過ぎてしまいます。

 これって人生にも言えることだなと思います。人間は、やらなければいけない環境に置かれて物事を始める。逆に言えば、そうじゃなきゃなかなかやりません。思い切って環境を変えることも僕の中で自分が成長するための選択肢としてあるのかなとか、最近そんなことも考えます。

 会社の経営者に話を聞き、「借金しろ」と勧められたことがあります。極端な話かもしれませんが、それも頑張らなければいけない環境に身を置くということなのだと思います。そういった環境を自分に与えるのも、成長するためにはありかなと思います。世界の強豪と試合するというのは、まさにそういった状況。自分にとって大きな成長をもたらしてくれると思います。

 とはいえ、借金は嫌ですけど(笑い)。

毎日新聞「改善主義」2016年09月28日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:ボクシング 熱い逆転 夢中で応援=村田諒太

 21日(日本時間22日)に閉幕したリオデジャネイロ五輪では、日本代表が大活躍しましたね。2020年東京五輪に向けた強化がうまくいっている団体は成績を残し、そうではないところは停滞していたような印象を受けます。こういった結果で、競技への取り組みの差も見えてきている気はします。

 五輪の素晴らしいところは、「五輪」という一つの大きな枠で、今まで興味のなかった競技でも、みんなが目にするところだと思います。僕自身も、卓球をこんなに夢中になって応援することなんて今までありませんでした。

 何が面白いって、一瞬で流れが変わってからの逆転劇などが、他のスポーツに比べて顕著に表れるところです(11点制のため、すぐに1ゲームでの勝敗がつくから分かりやすいという面もあると思います)。見ていて面白くならないわけがない競技内容です。

 今回の五輪は逆転劇が多いような気がしました。レスリング女子の金メダリストたち、体操の団体では予選で内容の良くなかった日本が決勝での逆転劇、内村選手の個人総合での驚異的な巻き返しなど、ドラマチックな内容の連続だったなと思います。

 どの競技でも、前年の世界選手権の覇者が、五輪では敗れるということはよくあります。これは、さまざまな意味でのピークがあるのかなと思っています。実力、コンディショニング、あとは運。五輪はそれらが絡み合わなければ優勝できません。だからこそ、今回の内村選手のように、世界選手権も五輪も優勝している選手には突出した強さがあることになります。

 こういった面も含めて、4年後に迫った東京五輪に臨む各競技団体、そして選手個人が、どうやって競技に取り組み、ドラマを作っていくのか。メディアの前に出ていない今こそ、本当のスタートなのです。

 五輪をゴールとするのか、スタートとするのか、人それぞれかとは思いますが、東京五輪に向けての各選手の物語は、もう始まっています。そしてその結末がどうなるのか。そんな気持ちを高ぶらせてくれる東京五輪が楽しみです。

毎日新聞「改善主義」2016年08月24日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:ボクシング 王座目指し、日々謙虚に=村田諒太

23日に米ラスベガスで行われたプロ11戦目も勝利を収めることができました。さて、リオデジャネイロ五輪の開催が迫ってまいりました。ロンドン五輪からもう4年かと思うと、時間の速さをひしひしと感じています。

 金メダルを獲得してから人生は一変しました。ロンドン五輪以前は、自分でもプロの世界でやっていくことなど、想像もできていませんでした。2013年8月にプロデビューしてから3年。世界ランキングも(国際ボクシング連盟のミドル級で)3位まで上がり、いよいよ世界戦が現実味を帯びてきました。
 この3年間はあっという間でした。正直、金メダルを獲得してからプロ転向、CMやテレビ番組などでのメディアの露出が増えていく中で今までてんぐになっていたと感じました。有名になり、注目されていることが当たり前になっている中で、謙虚さを無くし、自分の足元が見えていませんでした。実力より知名度が先行しているのに粋がってしまい、本来の自分を見失って感謝の気持ちを忘れていました。

 今、ここにきて、やっと取り戻しつつあるのかなと思います。最近になって思うのは、粋がるのは疲れるということです。本来の自分ではないものを演じて生きることに無理があることは当たり前のことです。

 そして、謙虚であることは、自分にも他人にも平穏をもたらし、結果として、人間関係(仕事だけではなく、家族との関係も)もうまくいき、歯車がかみ合うのだと思います。もちろん、背伸びをして頑張る必要はありますが、それは競技の話で、人間性までがそこに引きずられてはいけません。

 今、このコラムを書いていて、何を当たり前のことを書いているのだろうと思っていますが、金メダルを獲得した次の五輪が目の前に迫った今まで、謙虚でいることの大切さに気づけなかったことが事実です。与えていただいた環境やサポートに感謝し、来る世界戦まで毎日を謙虚に練習することしか僕にできることはありません。

 そして来たるべき時に、必ずとは言えませんが、多分、チャンピオンになります。そして必ず、ベストを尽くします。

毎日新聞「改善主義」2016年07月27日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:ボクシング 楽しみながら子育て=村田諒太

 5月にプロ10戦目を終え、現在は家族と一緒に過ごす時間を持てています。とは言いましても、すぐに次の試合(日本時間7月24日にラスベガスで行います。見てください!)が迫っているのですが……。

 2010年5月に結婚した僕には、5歳の長男と2歳の長女がいます。子育てをしていて感じることは、子どもたちは大人が言うことをどれくらい理解できているのだろうかということです。

 理解できていないにもかかわらず、さまざまなことを押し付けられると、子どもは混乱してしまうのではないでしょうか。学校教育、集団生活のために早々と厳しい規則などを押し付けてしまい、子どもが本来まだまだ赤ちゃんでいるべき時期を逃してしまっているのではないでしょうか。

 人間と他の動物との大きな差は、幼少期が長いかどうかだと聞いたことがあります。他の動物は生まれてから2~3年で生殖活動などを行い、おとなとして生きていきますが、人間は長い期間を要します。子どもとして過ごす時期の長さが、知能を発達させ、協調性を育んでいるのではないかと思います。

 虐待を受けたり、必要以上に厳しく育てられたりした子どもが大きくなってから犯罪に手を染める、または自由を求めて社会から逸脱した生活を行ってしまうなど、大きな問題を抱えているということも耳にします。そういった意味でも、子どもが子どもらしくいてもらうことは重要で、自主性を重んじるべきではないかと考えています。

 もちろん、バランスは重要です。学校教育などに順応することを求められますし、何が何でも自由にさせればいいとは思いませんが、少なくとも私は「子どもでいさせる」時間を与えたいと思っています。

 そんなわけで、長女のベビーカーに乗り込もうとする長男を阻止しながら、今日も楽しく遊びたいなと思います。子育ては楽しいことばかりじゃありません。僕も怒ることもありますが、時には大人だって感情的になることがあってもいいのかなと思い、できる限り楽しみながら(意図しなくても楽しいものですが)、一生からすれば短い幸せな時間を過ごしていきたいと思います。

毎日新聞「改善主義」 2016年6月29日掲載

▲TOPに戻る

改善主義:ボクシング 「平常心」を保つには=村田諒太

 今月14日、香港でブラジル選手を相手にプロ10戦目を行い、おかげ様で四回TKOで勝つことができました。応援いただいた皆様、ありがとうございました。私自身、香港に行ったのは初めて。街では至る所で大がかりな工事があり、経済の好調さを感じました。

 このところ、試合前でも平常心が保てています。これで10戦目と、キャリアを積んできたおかげかなとも思いますが、そもそもプレッシャーなどというものは、自分が作る幻影に過ぎないと思うことにしています(完全にコントロールできてはいませんが)。「自分がどう見られたいか」「他人に良い姿を見せたい」「自分の姿を崩したくない」など、すべて自分で勝手に作り上げたものでしかなく、そんなものにとらわれてはいけないと考えています。

 完全にプレッシャーを抑えることはできませんが、少しは紛らわすことができます。物事は、完璧にできないなら意味がないのではなく、少しずつやっていくことで筋肉がつき、それを積み重ねていくことが大切。こういった考え方も積み重ねて、自分の形を作り上げることになるのだと思います。決して「できない」ことは悪いことではなく、初めはどんなこともできなくて当たり前なのです。

 今回の試合前に、生物学者の福岡伸一さんが書いた「動的平衡―生命はなぜそこに宿るのか」という本を読みました。これは分子レベルで「生きる」ことなどを書いており、大変興味深い内容でした。人間の細胞は常に生まれ変わっていて、同じ人間でありながら、同じ分子ではできていないということや、代謝によって生命は平衡を保ち、生きていることなど、非常に興味深く、うなずける内容で、皆様にもお読みいただきたい本です。

 諸行無常などという言葉がありますが、そういったことを人間は昔から気づいていたのかもしれません。科学は新しいことを教えてくれているようですが、昔から言われていることを証明しているようで、感性の大切さを改めて教えてくれます。常に同じものではない、常に良くも悪くもなる――。そういう精神を持って人生に向き合いたいと思います。

毎日新聞「改善主義」2016年05月25日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:ボクシング 何のため=村田諒太

9日、フィリピンの英雄マニー・パッキャオが現役最後と公言している試合(簡単に言えば引退試合にあたるわけですが復帰に含みも持たせていましたし、ボクサーの引退ほどあいまいなものもありませんし、あえてこういう表現にしました)が行われました。

 僕はパッキャオが判定で負けるかもしれないと思っていましたが、終わってみればダウンを2回奪う圧勝。格好良い引き際はまさにスーパースターでした。試合後のインタビューでは「肉体的には続けられるが、これからは政治家としてフィリピン国民と家族のために生きる」と言っていました。

 こんな立派なことを言えるボクサーは初めてじゃないでしょうか。ボクシングの域を超えた存在です。

 試合前には彼の特集番組などもありました。順風満帆な人生ではなく、幼い頃、家族に内緒で家を出てプロボクサーになったこと。世界王者から陥落してアメリカに行き、世界タイトルの挑戦者がけがをしたため、ピンチヒッターで出た試合に勝利し、そこからキャリアを築き上げて今の地位まで上り詰めたこと。何より、初めは家族を養うための金稼ぎでしかなかったボクシングがフィリピン国民の希望になり、人々に勇気と希望を与えたいというツールに変わっていく姿が心を打ちました。

 個人的な意見でしかありませんが、僕自身は何のためにボクシングをしているか分からない時があります。始めたころは、自分が一番強いというアピールができればいいという気持ちだけでした。ですが、思ってみれば2012年ロンドン・オリンピックを目指したのは、恩師の意思を継ぎたいという気持ちがベースでした。

 武道の世界では「居着く」という言葉があります。これはうまく動くことのできない状態のことを言います。精神面でも同じことが言え、例えば腹立たしいことがあった時、そのことを思い出して感情がそこに居座ってしまうわけです。それでは成長がなく、良い意味での変化は素直に受け止めようと思えました。自分は何のためにボクシングをしていきたいか。家族のためだなと思わせてくれた、パッキャオの素晴らしい「最終試合」でした。

毎日新聞 「改善主義」 2016年04月27日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:「リオ」に全力懸けよう=村田諒太

 今月4日、高校や帝拳ジムの先輩で、世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級王者、山中慎介チャンピオンの10度目の防衛戦の応援に行きました。

 互いに倒し合うすさまじい展開でしたが、中身は意外なものでした。山中先輩が今まで築いてきたダウンは全て左ストレート。今回は右フックです。相手が潜り込んでくるところに右フックを合わせ、2ラウンドに最初のダウンを奪いました。

 「いつもと違うな」。そう感じた直後です。3ラウンドに右フックを合わせようとしたところ、挑戦者から相打ち気味のパンチを受け、山中先輩は2度のダウンを喫しました。

 全ては結果論ですが、あの右フックがなければ、もっと楽に勝てたかもしれません。ボクシングの面白さが凝縮された試合でした。

 山中先輩はパンチ力があります。倒されても、自分のパンチを当てればひっくり返せるという強みがあればこそ、自信をもって戦えたのかと思います。「自分の形になれば、いけるぞ」という自信を持つことは大切です。

 話は変わりますが、今夏はリオデジャネイロ五輪があります。2020年の東京五輪を意識し過ぎているせいか、少し世間の関心が低いと感じるのは、僕だけでしょうか? 「東京五輪を見据えた上での選考」と聞くことがありますが、リオ五輪に全てを懸けている選手はたくさんいます。そうした思いを尊重しないのは、不思議な気もします。

 あまり先を見ず、強い(うまい、速い)人間が単純に出場し、その結果を受けて切磋琢磨(せっさたくま)する。その方が、経験を積ませるより大きい財産になると、アスリートとしては若くない僕は、考えてしまいます。

 だから、世間全体で、もっとリオ五輪を取り上げてくれればと思います。ボクシング競技では、リオ五輪以降、プロが解禁になるかもしれないというニュースがありました。プロで世界王者になって東京五輪出場……。素晴らしい夢ですね。

 本当にそうなれば、こんなうれしいことはありません。おっと、僕も先を見過ぎていますね。まずは世界王者、そこだけを見よう。

毎日新聞 「改善主義」 2016年03月23日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:プロ9戦目 初の満足感=村田諒太

 先月30日に中国で行われたプロ9戦目は、二回KO勝ち。初めて満足のいく試合になりました。プロに転向してから初めてと言っていい満足感を、自分の成長と共に感じることができました。このコラムでも度々触れてきましたが、周りがどう騒ぐかも大切ですが、いかに自分の成長を感じられるかが一番重要です。その意味で、今回は「初めてのもの」を得られたのかなと感じます。今年は勝負の年。人生を懸け、チャレンジしたいと思います。

 9戦目は満足度が高かったせいか、帰国後もスイッチが切り替わらず、すぐに練習をしたくてウズウズしていました。3日間休んだ後で練習を再開しましたが、それからわずか4日後に、インフルエンザを発症しました。

 私にとって、実に13年ぶりのインフルエンザは強烈で、夜な夜なうなされ続けました。どうして13年も感染しなかった病気になってしまったのか? 自分なりに原因を分析した結果、(1)疲れが取り切れていなかった(2)食事を節制したことによる免疫不足――と判断しました。

 物事がうまくいっている時は興奮気味になり、猪突(ちょとつ)猛進になりがちです。

 でも、そんな時こそ(テレビアニメで人気を呼んだ)一休さんのように「慌てない、慌てない。一休み、一休み」という余裕が必要だな、と改めて感じました。

 このコラムを書いている17日時点で、やっと運動を再開できそうな体調まで回復しました。顔は若干ふっくらとしましたが、見た目よりも健康を取りたいと思います。

 切り詰められたものや押し詰められたものよりも、少しの余裕に魅力を感じます。ふっくらしてしまった見た目に言い訳を作りながらも、これから練習して心身ともにボクサーモードに戻る日が楽しみな面もあります。そんな矛盾した自分がいるのが事実です。繰り返しになりますが、慌てない慌てない……。深呼吸しながら進んでいきたいと思います。

 年度末の繁忙期かと思いますが、皆様も体調に留意しながら、お過ごしください。

毎日新聞「改善主義」2016年02月24日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:自分の身の丈、考える=村田諒太

 30日に中国・上海で行う次戦に向け、順調に調整できています。

 前回の試合から2カ月少々で、試合間隔は今までで一番短いです。思えば前回の試合から、あまり休んだ記憶がありません。今回はクリスマスや正月、誕生日(1月12日)のお祝いなども全てやらずに過ごしてきました。次の試合が終われば、思い切って全てをお祝いできればいいなと、楽しみにしています。

 上海には行ったことがありませんが、私の契約している米国の会社が、中国で興行を行うということは、やはりまだ中国経済が強いのだなと感じます。

 私自身、世界中のどこでも戦っていきたいと思っています。経済の強いところで興行が行われるのは必然で、今回の試合も良い糧になると楽しみです。

 話は変わりますが、「天然」と言われる人とか、あまり考えていないタイプの方々をすごく羨ましく思います。

 僕は物事を深く考えてしまうタイプです。ボクシングのこともよく考えますし、答えを求めて莫大(ばくだい)な情報を得ようとします。でも、結局のところ、これってうまくいかないことが多いですね。莫大な情報は、雑音も多い。ほとんどが必要のないと言いますか、間違ったものが多いです。

 最終的に自分でふるいにかけることでシンプルにしていきますが、「多くを知る」「考える」ことは、必ずしも幸せとは限らない。悩みの種になることは多々あります。

 「広い世界を見なさい」という言葉をよく聞きますが、これって本当にいいことなんでしょうか?

 もちろん「悪いことだ!」なんて言うつもりはありません。でも、知っているだけの世界で、身の丈に合わせて一生懸命、シンプルに生きていくことも良いと思いませんか?

 そう気楽なことを言ってはいられない社会ではありますが、自分の身の丈を良い意味で考えるような日があってもいいのかなと。背伸びして足がつったら、嫌でも元の高さに戻りますから、足がつる前に休憩して高さを戻したって一緒じゃないのかなと思いました。

 そんなことで試合まではしっかり背伸びしておきます(笑い)。

毎日新聞「改善主義」2016年01月27日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:来年は世界に名前売る=村田諒太

 もう年の瀬ですね。師走と言われるだけあって、このところ私も忙しくしています。

 今年1年を振り返ると、「経験の年」だったかなと思います。けがをするなど、いろんなことがありましたが、人生
経験としては大きかったです。ボクシングだけではなく、人間として成長することができたと思います。

 ただ、悠々と今年を振り返っている場合でもありません。次戦も近づいています。次に向けて、という気持ちでいっぱいです。

 来年は海外で名前を売る年にしたい。いくら日本で知名度があっても、世界戦にはたどり着けません。海外で評価を得られるような試合をして、年末、もしくは再来年、もっと言えばいつ「世界」の声がかかってもいいように、実力をつけていく必要があります。

 話は変わりますが、来年はオリンピックイヤーですね。金メダルを取ってから3年あまり。時の過ぎる早さに驚かされます。人生なんてあっという間なんだろうと感じます。

 毎日を後悔のないように一生懸命生き抜いて、自分にうそをつくことなく、生きていきたいと思います。
 幼い頃は、おやじに「20歳を過ぎたらあっという間やぞ」なんて言われても、何を言っているのか理解できませんでした。今ではよく分かります。

 このことを50歳前後の人に話すと、「30歳を過ぎたらもっと早いよ」と言われました。これ以上早く感じるのは少し怖いですが、これからの数年は人生ですごく大切な時になるのだろうと感じています。幼い頃は毎日が長く感じるのは、新しい経験がいっぱいで、脳にとって刺激的だからだと本で読んだことがあります。

 大人になると、毎日が単調になりがちです。新しく何かを始めても、既に経験している「何か」に似通っているため、刺激が少ないということですが、分かる気はします。

 だから、最近では年をめされた方がトライアスロンなどをやり、全く違う刺激を求めることで、人生を豊かにされているのかなと感じています。

 僕もすてきに年を重ねていきたいなと思います。

毎日新聞「改善主義」2015年12月23日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:実戦での強み 鍛える=村田諒太

 今月7日、米国のラスベガスでプロ8戦目の試合をしました。勝ちはしましたが倒しきれず、見ていただいた皆さんにフラストレーションをためさせてしまい、申し訳ありません。

 言いたいこともありますが、言い訳にしかなりませんので、多くを言うのはやめておきます。現時点では全てが経験だと思っていますし、焦ってはいません。

 以前にも書きましたが、周りは「いつ世界戦?」と聞いてきます。でも、現ミドル級王者のゴロフキンですら、4年以上かけて獲得したタイトルです。簡単に取れると思ったのは大きな勘違いであり、この世界の厳しさや認識の甘さを痛感しています。

 反省すべきところは多くありますが、その分、伸びしろもあると思います。実感したのは、どれだけ技術的に進歩したところで、試合で使えなければ意味がない。付け焼き刃の技術では、一流と対戦した時にあだとなるということです。

 最後は自分の得意な土俵で勝負するしかないわけです。今まで、さまざまなトレーニングをしてきましたが、これからはトレーニングの幅を狭くしていくことを考えています。

 これをやれば勝てるというものを徹底的に練習し、それから修正点やプラスアルファになることを練習しようと思います。

 「良くなりたい」という向上心は、時に人を混乱させることがあります。

 自分のストロングポイントは何か?
 今まで世界と、どう戦ってきたのか?
 プロになってから失っているものは何か?

 技術面で言うと、相手にかけるプレッシャーがなくなっています。連打型の選手だったのに、単発で倒そうともしています。一発のパンチ力なら、僕より強い選手はザラにいるでしょう。ジャブをうまく使える選手も、山ほどいるでしょう。「付け焼き刃のもので勝負するつもりか?」と、自分に問いかけてしまいます。

 そしてなにより、「見返してやる」「クソッタレ」というハングリー精神が欠けていたかもしれません。これから先は「虎」になろうと思います。

毎日新聞「改善主義」2015年11月25日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:米国ファンにアピール

 プロ8戦目となる次の試合が、11月7日(日本時間8日)にラスベガスで行われることが決まりました。今回が米国デビュー戦。本場のファンにアピールできる試合になればと思います。

 とはいえ、アピールしたいという気持ちが、時にはマイナスになることもあります。「アピールしたい」という気持ちで試合や練習をするのではなく、どういうボクシングをしたいかということに焦点を合わせています。自分のできるベストを尽くし、結果としてアピールできればいいという感じです。

 先日、僕が戦うミドル級で世界王座の統一戦がありました。ゴロフキン(カザフスタン)という世界一の選手が、圧倒的な強さを見せました。よく「ゴロフキンといつ(試合を)するの?」なんて聞かれますが、前回の試合でゴロフキンは、ペイ・パー・ビューシステム(以下PPV)で試合を行いました。

 日本ではなじみの薄い言葉とシステムですが、要するに、「テレビで試合を見るためにお金を払う」というシステムです。このシステムのおかげで、アメリカのスーパースターたちは、莫大(ばくだい)なお金を手にしてきました。

 そして、今回、PPVファイターとなったゴロフキンのいるステージは、また一つ上がったと言えます。「僕がやりたいです」と言ったところで、「君とやって何になるの?」で、おしまいです。

 そう考えると、僕も順を追って行かなくてはいけない。相手をしてもらえる立場にならなければいけません。ゴロフキンですら、今の地位にたどり着くまで、チャンピオンになってから約5年もかかりました。

 自分の描く青写真やメディアが描くイメージと、現実との差を感じています。だからこそ、焦らずに、できることを確実にやっていきたい。チャンピオンになることや、将来に向けてのプランも、もっと現実的なものに軌道修正し、本場で認められる存在になっていきたいなと思います。
 そのためにも、次の試合は大切です。ちゃんとアピールできるように……ではなく、しっかりと内容に焦点を合わせて頑張ろうと思います。

毎日新聞「改善主義」2015年10月28日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:リラックスする難しさ=村田諒太

 リオデジャネイロ五輪の出場2枠を争うバレーボールのワールドカップに、仕事で行かせていただきました。今までで一番感情移入し、応援して見ていました。
 日本は今大会での五輪切符獲得を逃しましたが、男子にとっては厳しいスポーツだなと思いました。生で見ると、女子の場合はアタックなどに、なんとか反応できるスピードだと感じました。ラリーが続く可能性が高く、競技性として、技術力やスタミナなど、日本人の得意なところで勝負できる部分も多くあると思います。
 男子の場合はパワー競技の印象が強く、体の大きな選手に豪速球でボールを打ち込まれたら、なかなかラリーを続けることは難しい。もちろん技術や精神力は必要ですが、パワー競技に近いなと見受けられました。
 陸上でいうなら短距離走など、いわゆる体格や、持って生まれた筋肉の質などに依存するところが強い。女子と男子で競技性が異なることに驚かされました(あくまで個人の主観ですので違っていたらすみません)。
 「男子バレーは勝てない」と昔からよく言われていますが、男女を単純に比較してはいけないと思います。それでも、難しいことにこそロマンがあり、そこで起きる奇跡に人々は魅了されるものです。男子チームの活躍は、日本人に夢を与えられると、楽しみにしています。
 話は変わりますが、最近の個人的な課題は「リラックスする」ということです。意外とこれって難しくて、「頑張る」ことの方がリラックスすることより簡単にできます。
 スポーツの世界では、よく「リラックスして」なんて言われますが、明確にリラックスを作り出す方法を練習した記憶がありません。一番力を発揮できる状態という意味で使われる「ゾーン」というものも、緊張とリラックスの間により作り出されると言います。
 寝つきが悪い、緊張しやすいなど日常生活でもこの能力が養われていれば、助けになるはずです。
 頑張ることだけではなく、リラックスをトレーニングする。
 今の課題です。

毎日新聞「改善主義」2015年09月23日 掲載

▲TOPに戻る

交友関係、目線を高く=村田諒太

 先日読んだ本に「人間は遠近法で物事を捉えている」と書いてあり、妙に納得してしまいました。
 ご存じかとは思いますが、遠近法とは、近くにあるものは大きく、遠くにあるものを小さく表現する絵を描く際の手法です。

 自分にとって近くにあるものは、たとえ小さくても大きく感じ、遠くにあるものは、実際は大きくても小さく感じるということです。海外で起きた大きな事件よりも、自分が財布を落としたことの方が落ち込むものです。こうした考え方を持つと、他人を否定することすら難しくなります。

 その人なりの優先順位や考え方、立場があり、それを「一般的に」という勝手な定規で測って否定することは、自分の立場、目線からであり、真理ではないわけです。車を運転していたら自転車はマナーが悪いなと思い、自転車に乗っていたら車は危ないと思うような感じでしょうか。

 また、別の本では「我々は人の趣味を褒める時、自分の趣味を褒めているのだ」とも書いており、これも興味深い。確かに、食べ物でも、趣味でも、モノの好き嫌いが自分の中にあり、そこに合うものを褒めています。言い換えれば、それ以外にはなかなか興味を示すことは難しいということです。その本には追記があり、「趣味が変わるということは、人間が変わることだ」とありました。

 確かに、趣味(好き嫌い・傾向)が変わるということは、感性の変化や、生活の変化であり、その人間自体が変わってしまうことに他ならないのではないでしょうか。

 「環境や立場が人を作る」という言葉があるように、それが変われば趣味(人間)が変わっている。これも元をかえすと、遠近法的な考え方からきているのかなと思います。自分の近くにあるものに影響され、それが大きくなり、趣味(人間性)が変わるということです。

 周りにいる人間は選べないかもしれませんが、尊敬できる人間とできる限り接し、目線を高く、人の良いところを見て生きていくと、より良い自分に出会えるのかなと思いました。

毎日新聞「改善主義」2015年08月26日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:相撲から学んだ感覚=村田諒太

 私は今月、「NHKサンデースポーツ」のマンスリーキャスターとして、さまざまなスポーツにチャレンジしています。相撲、陸上の短距離走などの分野に挑戦していますが、どれも新鮮で、新たな発見があります。

 力士の皆さんが簡単そうに行っている四股踏み一つをとっても、とてもハードで難しい。股関節周りの柔軟性、片足で姿勢を保つ筋力、バランス力が必要で、素人にできるものではありません。

 運動量も相当なもので、あれだけの運動をしながら体を大きくすることは、トレーニングのたまものだと感じました。

 「動ける状態を保ちながら体を大きくする」
 皆さん、想像してみてください。今から10キロ体重を増やして、同じように走ったり、動いたりできますか?

 力士の大きな体には、それだけの努力が詰まっているというわけです。また、相撲では、日本古来の体の動きや、現在の日本人に失われがちな足の指を使う感覚の重要性を教えられました。

 近年、靴が進化し、足の裏を使うことが極端に少なくなってきました。靴がクッションや、いろいろな役割を果たす中で、素足で動く感覚がなくなり、バランス感覚の悪い人が多くなったと思います。その理由として、いわゆる「裸足教育」が、けが等のリスクから敬遠され、本来持つべき感覚が失われていることが挙げられます。

 相撲の土俵は、しっかりと足の指で地面をつかまないと滑ってしまい、相手に力を伝えられません。これは、他のスポーツにも共通することで、僕自身の課題でもありました。

 スポーツで体をうまく使う、力を伝えることは、地面から得た力をいかに上半身に伝えるかが大切です。力士はそれが自然と身についているから、力が強いというわけです。

 相撲の稽古(けいこ)は、僕にとってすごく有意義で、ボクシングを続けるうえでのヒントをくれました。「指を使う」「股関節を柔らかくする」という現代のスポーツ科学で重要視されていることを、日本古来の競技で学ぶ。まさに温故知新の体験です。

毎日新聞「改善主義」2015年07月15日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:「頑張る」ことも大切=村田諒太

 僕は今まで、スポーツにおいて「頑張る」と言うことが、あまり好きではありませんでした。

 3・11被災地支援活動で、オリンピアンやパラリンピアンと現地を訪れた際、被災者の方にどのように声を掛けていいのかと悩み、「頑張る」の意味を調べたことがあります。頑張るとは「困難な状況に耐え、継続すること」とありました。好きで選んだ道にいるだけの自分が、「頑張ってください」などと言えるはずもなく、言葉を失った記憶があります。それ以来、頑張るという言葉を、できるだけ自分には当てはめないようにと考えていました。

 しかし、環境と状況は違いますが、社会においても、スポーツにおいても、頑張っているという場面はあるのかなと思いました。

 常々「楽しむ」ということを考えてはきましたが、それだけで済むわけはないなと感じました。やはり、プレッシャーもありますし、もし負けてしまったら自分の居所を失ってしまうような恐怖心もあります。そんな感情を打ち消すように練習し、結果が出た時に初めて「楽しい」となるわけで、初めから楽しさを求めることは違うのかなと思いました。

 大学職員をしていた時もそうですが、初めから楽しいわけではありません。自分がいる意味を見いだせなくて悩みながら過ごしていくうちに、我慢し、意味を見いだし、結果として楽しめました。

 現代は楽しむことばかり考え、耐えることを良しとしない風潮もありますが、それは違うのかなと思います。

 我々スポーツ選手は、頑張るという姿が伝わりやすく、分かりやすいことが特徴です。その意味でも「頑張る」ことの大切さを広げていく必要があるのかなと感じています。「頑張ってますよ!」とアピールすることは、また違うので、難しいところです(笑い)。

 言いたいのは、楽なことばっかじゃないけど、一生懸命やるしかないなと。一生懸命やって報われなかった時ほど打ち砕かれることもないですが、喜びや楽しみを得るには、一生懸命やるほかないのかなと思う今日このごろです(笑い)。

毎日新聞「改善主義」2015年06月17日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:世紀の一戦、天才を見た=村田諒太

 今月1日に行われたプロ第7戦で、3試合ぶりにKO勝ちできました。皆様に応援いただいたおかげで、心よりお礼申し上げます。
 今回の試合で、ボクシングとは相手あってのものだなと改めて感じました。相手が僕に勝とうと強く思うから良い試合になる。今までにない展開だったと思います。
 以前にも書かせていただきましたが、一つの勝利(結果)が、僕に自信をくれると思っています。これは練習やメンタルをいくら鍛えても、手に入れることはできないものです。今回の結果は、プロで戦っていくうえで一つの自信をくれました。ここからが本当の勝負。頑張っていきたいと思います。
 話は変わりますが、世紀の一戦と注目されたメイウェザーとパッキャオの試合には、興奮させられました。ファイトマネーの総額が300億円を超えるとされ、実際にメイウェザーの取り分は200億円近くになるのではと言われています。
 天文学的な数字で実感は湧きにくいですが、ボクシングには夢があるということを、全世界に教えてくれたのではないでしょうか。
 内容は、終始攻め続けたパッキャオに対し、メイウェザーはディフェンシブに戦いながら、ジャブをよく当てて判定勝ちしました。
 大方の予想通りの展開ではありましたが、後半に全く衰えを見せないメイウェザーのスタミナと、ラウンドを取られたら次のラウンドは明確に取り返すという試合運びのうまさは、天才を超えた天才です。おそらく、すさまじい練習をしてきているのだろうなとも感じました。
 現行のテンポイント・マスト・システム(両者イーブンのラウンドは作らないようラウンドごとに優劣をつける)では、メイウェザーに勝てる選手はいないのではないかと思います。
 あのようなディフェンス主体のスタイルで勝ててしまうルールに賛否両論はありますが、ルールに文句を言うのは敗者の言い訳にしかなりません。世界の傾向に自分のボクシングをアジャスト(適応)させながらも、お客様のために戦いたいなと思わせてくれた世紀の一戦でした。

毎日新聞「改善主義」2015年05月20日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:言い訳をしたくない=村田諒太

 プロ7戦目まで3週間を切りました。
 ここまで来ると、新しいことを取り入れ、ハードに練習をして追い込むというよりは、いかに自己を肯定し、コンディションを調整していくかに尽きます。
 試合前になると、不安との闘いになり、さまざまな要素を消していきたくなります。こう言ってしまっては元も子もないのですが、全ては結果次第だと考えています。
 例えば、ハードな練習、節制を完璧にしたところで、結果がダメだと、「オーバーワークだった」「気負い過ぎていた」などと、後付けの理由をつけられてしまいます。
 逆に、少し手を抜いていて、周りから見たら「大丈夫?」と思われるような練習でも、結果が良ければ「リラックスできていた」「練習量が適度で要領が良かった」と評価を得られるわけです。
 では、なぜ節制やハードなトレーニングをするのでしょうか。それは「自分に対する言い訳をしたくない」からだと思います。
 もっと練習していれば、もっとこうしていれば等々、言い訳を作ることは、自分に対するうそに思えます。競技を続ける、またはやめるべき時にも、言い訳こそが判断を鈍らせてしまいます。「たられば」を言う人は、どんな状況でも言い訳じみてしまうのかもしれませんが(笑い)。だから、最近の僕は「出た結果が全て。さまざまな要因、原因、起因などは考えない」というスタンスです。
 人間とは、いつでもこういった種を探し出したくなるものです。果たして本当にそんなものはあるのでしょうか。スポーツに限らず、一生懸命に努力し、結果として出たものに、判断が誤っていたなどの烙印(らくいん)は、必要ないと思っています。
 そこまで努力し、経験し、決断した以上のものがあるでしょうか。それが失敗したのなら、他の判断をしても失敗しているのではないかと思います。
 少し話はそれましたが、出てきた現実(結果)を最大限に良いものにできるよう努力し、結果を受け入れられる容量を作ることがトレーニングかなと思っています。

毎日新聞「改善主義」2015年04月15日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:強敵との対戦に感謝=村田諒太

 私の次戦が5月1日(東京・大田区総合体育館)に決まりました。相手は世界ボクシング機構(WBO)ミドル級14位のドウグラス・ダミアン・アタイジ(ブラジル)です。

 世界王座に挑戦できる世界ランカー(世界ランキング15位以内)との対戦はプロ7戦目で初めてになります。24歳の若さで、勢いもある。今まで対戦した中で最高の相手に間違いないと考えています。そんなに年齢は変わらないかなと勝手に考えていましたが、五つも年下です。改めて年を取ったなと感じた瞬間でした(笑い)。

 デビュー戦もそうでしたが、強くてリスクのある選手と試合をすることは、自分を高めることができる大きなチャンスです。それなりの相手だと、必然的に、それなりにしかなれません。「環境が人をつくる」ということは、正にその通り。楽な環境にいては、人間は楽をしてしまいます。素晴らしい機会(環境)をいただけたことに感謝し、試合に向けて自己を高めていけるのが楽しみです。

 よく、「次に向けたテーマは?」と質問されます。その場の感情で答えてしまいますが、スポーツは予定通りにいくほど簡単なものではありません。実戦を積む上で、ベストの選択をすることが大切であり、強いこだわりは、時にマイナスになることもあります。

 「自分はこういう人間だ」という思い込みはあります。しかし、日々のさまざまな出来事などで感化され、変化していくことも、新しい自分を発見できる楽しみではないでしょうか。そうしたことも含めて、試合に向けて自己を高めていけるという時間は貴重で、自分の人生にとって大きなプラスになると確信しています。

 ただ、少し矛盾はしますが、何事も短所を消すのではなく、長所を伸ばして勝負する方が強いのではと思っています。自分の長所(前に出るプレッシャーとハート)を前面に押し出せれば、結果にもつながります。

 繰り返しになりますが、実戦を重ねる上で、気付かなかった長所に気付くこともある。その上での戦術変更には、目をつむっていただければ幸いです(笑い)。

毎日新聞「改善主義」2015年03月18日 掲載

▲TOPに戻る

改善主義:練習を作業にしない=村田諒太

次戦に向けて日々トレーニングとメディア等の仕事をこなす毎日ですが、僕が最近大切にしているのは、「トレーニングを作業にしない」ことです。

 以前読んだ本で、年齢を重ねると時間のたち方が早く感じる原因は、同じようなことをルーティン(日課)として生きており、脳に新たな刺激がないことが一因とありました。子供の頃は、毎日が新鮮で刺激があるため、時がたつのが長く感じるということです。

 ボクシングの練習も一緒で、同じようなことを作業のように続けていては、成長につながりにくいのではないかと考えています。だから、日々少しでも違うことや、一工夫してトレーニングするように心がけています。

 できるようになったことをこなしていくのは簡単です。脳は楽をしたがるので、すぐにルーティンで済ませようとしますが、そこにさまざまな一工夫をすることで、脳に刺激を入れ、打たれて少なくなってきた脳細胞の活性化も図っております(笑い)。

 もちろん、「継続は力なり」という言葉があるように、反復練習も大切ではありますが、毎日が新しい日と感じられるように日々楽しみながら練習しています。

 話は全く変わりますが、ボクシング界のスーパースター、フロイド・メイウェザー(米国)とマニー・パッキャオ(フィリピン)の試合が決定しそうだということです。

 このドリームマッチに僕も一ファンとして興奮しています。ファイトマネーもおそらく両者で100億円は超えるのではないでしょうか。パッキャオはピークを過ぎたとの声も聞かれますが、ボクシング界で最も見たいカードであることは疑いようがありません。

 フィリピン国民の期待を背負い、ファンの声援と共に常にKOを狙うヒーロー・パッキャオ、「MONEY」の愛称が示すように、ヒール(悪役)として全勝を守り続け、勝つことに徹するメイウェザーという構図も、試合を盛り上げます。みんなが実現してほしいと願ってきたメガファイトに、身震いしています。そして、その舞台に自分も立つのだと鼓舞しております。

毎日新聞「改善主義」 2015年1月21日掲載

▲TOPに戻る

デビュー6連勝デビュー6連勝、自信に=村田諒太

 ロンドン五輪で金メダルを獲得し、2013年8月にプロデビューして約1年半になりました。日本のボクシング史上初の五輪とプロの両方での世界王者を目指す日々を、このコラムで伝えていければと思います。

 五輪金メダリストの看板を背負い、プロで結果を出し続ける重圧は、正直あります。ただ、デビュー6連勝を果たした昨年末のノンタイトル10回戦は、大きな自信になりました。判定勝ちでしたが、試合を支配できました。世界戦と同じ12回でもスタミナ切れしなかったと思います。

 5戦目までは自分のボクシングが成長していないと感じ、重圧は大きかったです。今はボクシングが楽しい。試合中に観客のヤジを楽しむ余裕もありました。心の中でヤジに突っ込みを入れる「ひねくれ者」の村田諒太も出せました(笑い)。

 練習拠点を米国から日本に移したことも、成功した要因ですね。ボクシングは感覚的なもの。微妙な言葉のニュアンスが大切で、トレーナーはやはり日本人がいい。米国に行けば何かあるという変な憧れも抜けました。

 今の技術的な課題は、右のパンチを打つ際に、体重が乗り切っていない点。上半身の筋力トレーニングを増やそうと思います。筋肉をつけすぎると硬くなり、動きにくくなる。だから積極的にはしてきませんでしたが、それもやり方次第です。

 よく肉体改造と言いますが、「改造」ではなく「改善」だと思います。積み重ねてきたことが、すべて間違いというわけではない。人間は常に成長し、経験を積んでいきます。そんな「改善主義」を僕は大切にしたい。13歳からボクシングを始め、もう16年。ボクシングをやっていない時期の方が短いんです。

 金メダルにぶらさがって生きたくはない。でも、知名度やファイトマネーなどプラス面はあります。周囲の皆さんは自分に投資していると感じますし、うまく金メダルと付き合っていきたい。

 僕には約束された未来があるわけじゃない。でも、未来の方から自分を導いてくれると感じています。“持っている”村田諒太をよろしくお願いします。


毎日新聞「改善主義」 2015年1月21日掲載

▲TOPに戻る






PAGETOP
Copyright © Ryota Murata. All Rights Reserved.